ひろば

【徹底議論】「戦争回避」のためのリアル 第3回
米中戦争を避ける、立憲デモクラシーの自己決定力
柳澤協二元内閣官房副長官補(安全保障担当)×石田淳東京大学教授(国際政治学)【2023.3】

岸田政権が推し進める大軍拡とちらつく台湾有事。日本の軍事化路線は日米同盟の性質をどのように変えたのか。日米同盟は本当に日本に暮らす人びとの安全を守るものなのか。戦争を回避するために、国際政治のなかで日本はどのような姿勢をとるべきなのか。元内閣官房副長官補の柳澤協二さんと東京大学教授の石田淳さんによる全3回の対談。最終回は、日米安保体制の現実を議論し、軍拡ではない安全保障の道筋を探ります。

 

第1回 軍事力の「例外拡大」の果て、「専守防衛」は無意味に

第2回 軍事力の負の効用を直視し レッドラインの相互認識を

第3回 米中戦争を避ける、立憲デモクラシーの自己決定力

 

同盟関係のリアル

 

――日米同盟との関係で、現在進められている軍事力の強化で懸念されるのはどのような点でしょうか。

 

石田 まず、同盟と安心供与の関係をどう考えるのかという問題があります。同盟条約というのは、有事においてどのような共同防衛行動をとるか、たとえば外部から攻撃を行う相手国の領域において反撃を行うか、その際に保有するいかなる装備をも使用するかなどについて、こと細かく決めるものではありません。とは言っても、有事の際にお互いの防衛行動を予見することができないと行動を調整することができないので、条約で地域を特定して(これを「条約地域」という)、その地域に外部から武力攻撃があったときに共同防衛行動をとるとするのが通例です。少なくとも第二次世界大戦後にアメリカが締結した同盟条約はその形をとっています。

 

 

日米安全保障条約の場合は、日本が条約地域です。集団的自衛権の行使を認める前のロジックでは、日本に外部から武力攻撃があったときに、日本は個別的自衛権、アメリカは集団的自衛権を行使して共同防衛行動をとるということになっていました。しかし、安保法制がとりいれた「存立危機事態」という概念は、条約地域に縛られない概念です。条約地域の外でも存立危機事態と認定し得るわけですが、では何をもって存立危機事態と認定するのかについて政府は国会でも総合的に判断するとして、明言しなかった。アメリカがどのような局面で日本が存立危機事態であると認定すべきと考えるのかも分からない。もっとも問題なのは、抑止と安心供与の点で、いつ日本あるいは日米が存立危機事態対応をするのかを中国が予見できるのかということです。これは非常に大きな問題です。政治的なレッドラインがどこにあるのかが伝わっていなければ、中国に対する抑止になりません

 

また、日米同盟の非対称性の本質にも改めて目を向けなければいけません。日米同盟において、日本の専守防衛政策は中国に対するひとつの安心供与になっています。しかし、いまそれがなくなろうとしている。日米同盟は、条約地域が日本である以上、日本が攻撃されたときに、日本の自国領域内で武力行使するという話なんです。アメリカは9.11のようなテロ攻撃はありましたが、基本的に第二次世界大戦後は自国領域内で戦争していません。つまり、アメリカは自国領域内で戦争をしない国、日本は自国領域内でしか戦争しない国なんです。日米安保の究極の非対称性がここにあると思います。台湾有事が起こったときに怖いのは、米中がそれぞれの本土を聖域化し、台湾と日本だけで限定戦争を行うことです。実際にアメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)というシンクタンクによる台湾有事のシミュレーションとそれを受けて行われた論議の中では、沖縄などの在日米軍基地が攻撃されることは当然の前提とした上で、アメリカの領土であるグアムの米軍基地まで攻撃されることをどう考えるかといった議論が行われていました。そうしたことを考えても、やはり日本が専守防衛という安心供与を捨て去ること、「存立危機事態」という概念で政治的なレッドラインを曖昧にしておくことの意味をあらためて考えるべきだと思います。

 

 

柳澤 アメリカは同盟しているジュニアパートナーの都合で戦争に巻き込まれたくないので常にそれを避ける政策を取ってきます。逆に日本側としては、アメリカがやる戦争に協力すれば、自国が戦場になってしまうというデメリットと、協力しなければ守ってもらえないというデメリットをどう比較するかという問題が出てきます。そういう状況のなかで、どう戦争に巻き込まれないようにするかを考えなければいけません。敵基地攻撃能力を持ったって何も安心できません。戦後80年で初めて、アメリカとは違う発想で戦争を回避するという課題に直面しているということです。

 

別の論点として、現状、日米安保体制を見たときに日本だけが前のめり感がすごく強くなっているように思います。さきほど言われたCSISのシミュレーションでは、アメリカ政府は中国本土への攻撃を許可しないという前提で戦い方を考えるべきという提案がなされています。また、そのシミュレーションでは日本の自衛隊は日本自身が攻撃されないと戦闘に加わらないと想定されています。それにもかかわらず、日本は敵基地攻撃能力、つまり中国本土の基地まで攻撃する軍事力を持つようにして、それを抑止力だという。だけど、それを日米両国間でどう調整していくのかがまったく見えてこないわけです。本当に日本とアメリカとで認識があっているのか疑問です。

 

戦争を回避するために

 

――厳しい現状を受動的に認識するだけでなく、日本が能動的に戦争を回避するためにはなにが必要でしょうか。

 

 

柳澤 武力攻撃を受けたら何か対応する必要があるし、そのときに日本は大国の力を借りなければいけないということもあるでしょう。しかし、そういう状況にならないことが一番大事なことです。国土が狭く、資源が自給できず、少子化が進んでいる。日本にとって戦争で何か物事が解決したり、戦争した結果国が良くなることはあり得ません。そうした国にとっては、エゴイストと言われようが自分だけは戦争に巻き込まれないようにするというのが一番のポイントだと思います。こと戦争については、自分だけは巻き込まれないという姿勢が、実は他の国も巻き込まない状況を作るうえで役に立ちます。もっと自分の身の丈にあった、そして国益を最前面に押し出していく必要があるでしょう。そのときに、イデオロギーではなく、考え方が違っても戦争を回避し共存する道をさぐるという普遍的な原理や道徳を前面に押し出す外交をすべきです。唯一の戦争被爆国であり、戦争はひどい爪痕を残すということを知っていることが、日本のソフトパワー、外交の源泉となるわけです。

 

石田 アメリカの防衛政策のなかでは、自国の「行動の自由」を確保するというのがこの上なく大切な目標で、自国には関係のない戦争にアメリカを巻き込むような状況は避けるべきというのはこれまでも繰り返されています。巻き込まれたくないというのは、フリーライドすることではなく自己決定です。それは、自分たちの行動は自分たちで決めるということなんですよね。日本における過去の戦争の経験では、国民にとってはまったく訳のわからないところで意思決定がなされて、つまり国策が決定されて、それによって多くの犠牲を出しました。そうした経験をふまえて、安全保障の問題について、自分たちで決定できるという体制を築いたという意味は大きいわけです。

 

 

専守防衛は、本来、日米安保条約の条約地域たる日本への外部からの攻撃を排除する局面を例外に、日本は原則として武力行使をしないというものでした。自衛隊に防衛出動を命じるなど、政府がその権限を行使する際に、「専守防衛における例外の限定を恣意的に解除できない仕組み」を整えておくことが重要だと思います。つまり、立憲主義です。自衛権を発動できる例外の範囲が曖昧になると、日本の防衛行動の予見可能性が下がるので、疑心暗鬼から緊張が高まる結果として日本の安全が損なわれるというのが現状の問題です。このように、国内において、自衛権行使について国会でしっかり事前承認をするのみならず、政府の判断の事後検証も行う仕組みを整えることは対外的な安心供与効果を持ちます。言い換えれば、日本の立憲デモクラシーのシステムが機能することで、日本の安全が確保されるという状況を作り出すということです。この立憲デモクラシーこそが日本の守るべき価値なのではないかと私個人としては強く思います。

 

(まとめ・構成 塩田潤)

(写真・デザイン 伊勢桃李)

 

第1回 軍事力の「例外拡大」の果て、「専守防衛」は無意味に

第2回 軍事力の負の効用を直視し レッドラインの相互認識を

第3回 米中戦争を避ける、立憲デモクラシーの自己決定力

 

柳澤協二

1970年東京大学法学部卒とともに防衛庁入庁、運用局長、人事教育局長、官房長、防衛研究所長を歴任。2004年から2009年まで、小泉・安倍・福田・麻生政権のもとで内閣官房副長官補として安全保障政策と危機管理を担当。現在、新外交イニシアティブ(ND)評議員、NPO国際地政学研究所理事長。

 

石田淳

1985年東京大学法学部卒業、シカゴ大学で博士号(政治学)取得。交渉による紛争の解決、平和共存など、外交や国際秩序の諸課題に関する理論的な研究を専門とする。日本平和学会会長、日本国際政治学会理事長、国際法学会理事、東京大学大学院総合文化研究科長・教養学部長などを歴任。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。