ひろば

【徹底議論】「戦争回避」のためのリアル 第2回
軍事力の負の効用を直視し レッドラインの相互認識を
柳澤協二元内閣官房副長官補(安全保障担当)×石田淳東京大学教授(国際政治学)【2023.3】

厳しさを増す安全保障環境。安保3文書が改定され、防衛費の大幅増や敵基地攻撃能力の保有が議論されています。しかし、軍事力だけで物事は解決するのか。いまのまま軍事力を強化していった先に、一体どのような事態が待ち受けているのか。元内閣官房副長官補の柳澤協二さんと東京大学教授の石田淳さんによる全3回の対談。第2回目は、軍事一辺倒の危うさと外交努力の大事さについての議論です。

 

第1回 軍事力の「例外拡大」の果て、「専守防衛」は無意味に

第2回 軍事力の負の効用を直視し レッドラインの相互認識を

第3回 米中戦争を避ける、立憲デモクラシーの自己決定力

 

軍事力を増強すれば国は守れるのか?

 

――専守防衛を事実上捨て去ってしまうほどの「防衛力の抜本的強化」が行われようとしていますが、そもそも軍事力を高めれば国を守れるというのは本当なのでしょうか?

 

石田 いまの反撃能力(敵基地攻撃能力)の問題を考える前提として、ミサイル防衛システム整備の経緯を振り返っておきたいと思います。1990年代の北朝鮮のミサイル開発を受けて、日本政府は2003年にミサイル防衛システムの導入を閣議決定します。その際には、ミサイル防衛システムというのは、「弾道ミサイル攻撃に対して我が国国民の生命・財産を守るための純粋に防御的な、かつ、他に代替手段のない唯一の手段であり、専守防衛を旨とする我が国の防衛政策にふさわしいものである」として、専守防衛のロジックで説明していました。しかし、その後、北朝鮮がミサイル防衛システムを突破する能力を獲得すると、日本としては「他に代替手段のない唯一の手段」であったはずのミサイル防衛システムだけでは不十分で、敵基地攻撃能力まで必要だと政府は言い出したわけです。もちろん、敵基地攻撃能力論がでてきた理由は北朝鮮のミサイル戦力の増強だけではありません。むしろ中距離核戦力全廃条約の締約国ではなかった中国の戦力増強の問題が大きいんですが、ただこの北朝鮮との関係を見ると、専守防衛と言いながらも結局相手の軍備増強を刺激して、目標としたはずの安全を結果として実現できないという、絵に描いたような軍備競争と見えてなりません。

 

 

 

柳澤 もともとあらゆる兵器システムというのは、相手に脅威を与えて軍備競争を促進させる性質があるんです。日本の場合は、日米安保体制を前提とした専守防衛の防衛力を持つという基本方針を維持してきました。だとすると、ミサイル防衛に限らず自衛隊のあらゆる防衛体制が結局は在日米軍を守るものという意味を帯びてきます。そうなると、ミサイル防衛は防御だけで相手に脅威を与えるものではない、というわけにはいかないんですね。日本を守るためと言ったって、結果的に米軍基地を守る役割を果たす限りは、アメリカと北朝鮮の対立関係において日本の防衛力の向上は北朝鮮の脅威になってしまうわけです。まさに軍備競争の論理であり、安全保障のジレンマに導く論理だと思いますね。

 

石田 今回の「国家安全保障戦略」の中には、相手の意図はわからないので能力に着目して軍備を増強しなければならないという記述があります。失礼ですが、この説明には失笑してしまいました。それを言うならば、日本は軍事「能力」を増強するとしている訳ですから、中国からすれば、それを上回るような軍備増強をするのが賢明ということになりませんか。だから、いまの日本の軍拡はその意図はともかく結果的に中国や北朝鮮の軍備増強の原因を作っている側面もあると思います。相手の意図がこちらにわからないから軍備増強するとなると、こちらの意図も相手にわからないから相手も当然軍備増強するという、悪循環に突入してしまいます。

 

「防衛力整備計画」(2023年度から5ヵ年度)防衛力整備水準は43兆円で、その前の「中期防衛力整備計画」(2019年度から5ヵ年度)における27.5兆円と比較すると、防衛関係費の負担は非常に重いものです。いまの計画ですら無謀ではないかと言われているのに、それでさらに中国に軍備増強を正当化する理由を与えて、その軍備増強が進むと、日本の負担はいま計画しているもの以上になります。それに耐えられるとはとても思えません。そうした軍備競争の悪循環から脱出するために外交が必要だと思います。

 

 

柳澤 全く同意なんですが、ただ、中国はアメリカを睨んでいるので、日本が何をしようと軍備増強はするというのは押さえておく必要はあると思うんです。なので、日本の軍拡そのものが米中の軍事バランスには大きな影響を与えることはないだろうとは思うんです。ただ、日本の軍拡が中国の軍拡の口実にはなり得ますし、日本が外交的役割を果たす足枷にもなる。それから、石田さんがおっしゃるように、中国はもともと日本の3倍の国防費を持っていて、それをさらに今年は昨年より7%の防衛費予算増をするわけです。そうした国との差を防衛力でカバーしようとしたら、日本は国力の破綻がもう目に見えていますよ

 

「抑止と安心供与」が安全保障の両輪

 

――軍事力の強化ではむしろ危険が増すということで、お二人とも強調されているのが、抑止だけではなくて安心供与が必要ということだと思います。

 

 

石田 武力攻撃を受けたときに反撃する、という反撃の威嚇によって現状を維持するためには、相手が攻撃してこない限りはこちらから攻撃しないという約束に説得力を持たせる必要があります。つまり、こちらから現状を変更するような行動は取らないという約束が必要なんです。そうした意味で、「抑止と安心供与」が安全保障の両輪であると私は考えています。

 

柳澤 いま、価値観の違いのために戦争もいとわないような時代にあっても、やはり「抑止と安心供与」が両輪として必要です。それは、戦争を起こさせないという目的があるからです。いまの石田さんの議論は、相手を攻撃するケースを相手にはっきりと認識させるということですよね。私が日頃使っている安心供与とは、特に戦争に訴えなければならない動機について相互に認識するということ。まさに政治的なレッドラインを認識し合うことによって、それを踏み越えない姿勢をお互いに示すことが安心供与になるんだろうという点を強調しています。戦争をも辞さない国益を相手が持っているときに、こちらがここまで軍事力を強化すれば抑止されるだろうというのはとても不安定で、計算間違いに満ちた考えです。なので、安心供与という政治的な動機からアプローチするやり方が必要なんです。

 

 

例えば、中国にとって台湾というのは戦争になったとしても譲れない国益のはずです。だから中国は外国勢力の干渉や分離独立に対しては武力行使をすると言います。他方で、アメリカは武力行使をすれば防衛すると言っています。つまり、台湾の分離独立がなければ両方とも武力行使をしないわけです。このレッドラインをお互いに認識して、踏み越えないような対応をすることによってそもそも戦争に至る政治的な動機を減らすことができます。昨年の11月のG20サミットで習近平とバイデンの会談があって、お互いのレッドラインを認識するための協議を続けなければならないという合意をした。どこまで意識的にやっているかはわかりませんが、米国の外交は、必ず「抑止と安心供与」の両面を入れているんだと思います。だけど、日本ではそうした安心供与という概念がまったく理解されていません。いま、日本の目の前で大国同士で戦争が起き得る状況があり、そのときに日本のような国が軍事力だけで対抗するというのはあり得ないと思うので、外交的なものも含めてどう立ち回るかということを考えなければいけません。

 

(まとめ・構成 塩田潤)

(写真・デザイン 伊勢桃李)

 

 

柳澤協二

1970年東京大学法学部卒とともに防衛庁入庁、運用局長、人事教育局長、官房長、防衛研究所長を歴任。2004年から2009年まで、小泉・安倍・福田・麻生政権のもとで内閣官房副長官補として安全保障政策と危機管理を担当。現在、新外交イニシアティブ(ND)評議員、NPO国際地政学研究所理事長。

 

石田淳

1985年東京大学法学部卒業、シカゴ大学で博士号(政治学)取得。交渉による紛争の解決、平和共存など、外交や国際秩序の諸課題に関する理論的な研究を専門とする。日本平和学会会長、日本国際政治学会理事長、国際法学会理事、東京大学大学院総合文化研究科長・教養学部長などを歴任。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。