コラム

憲法をめぐる情勢と課題-②
日本体育大学教授(憲法学) 清水雅彦

はじめに

昨年10月に石破政権が誕生し、当初は内閣支持率が不支持を上回った。しかし、統一協会問題も裏金問題も解決できず、期待外れであることが明らかになり、すぐに支持率が下がっていく。昨年10月の衆議院選挙では、自民党は公示前247議席から191議席となり単独過半数に届かず、比例代表の得票数は過去最少となった。公明党も公示前32議席から24議席に、比例代表の得票数も過去最少となり、少数与党による政権となる。また、維新の会も議席を減らしたことで、改憲勢力が3分の2を下回ることになった。

にもかかわらず、今年3月に成立した今年度予算では防衛費が8.7兆円にも達し、岸田政権以降の大軍拡が続いている。「安保3文書」を受けて出された「能動的サイバー防御法」も今年5月に、「安保3文書」と連動した「日本学術会議法」も今月成立した。少数与党政権なのに、法案によっては維新の会や国民民主党、立憲民主党も賛成しているからである。そこで本稿では、昨年衆議院選挙以降の動向と今後の展望について考えてみたい。

あらためて石破首相をどう見るか

この間の石破首相を見ていると、権力にしがみつくためなら簡単に持論を封印できる人物だということがわかる。石破首相は自衛隊を国防軍にするという改憲論を封印し、2018年自民案の自衛隊明記の改憲を唱えている。また、2004年の沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故の際、防衛庁長官だったため、事故現場で日本の警察が米軍により排除されたことに「これが主権国家なのか」と憤り、米軍人による犯罪捜査に対しての管轄権含め日米地位協定の改定を唱えていたが(さらに石破首相の改定論は日米対等になるための危険なものもあるが)、今年2月訪米時のトランプ大統領との首脳会談で一切触れなかった。

安倍元首相は改憲などしたいことがあって首相になったタイプと言えるが、岸田前首相も石破首相も首相になりたくて首相になったタイプのようで、いくらでも持論を封印できるようである。大臣になると脱原発の持論を封印した河野太郎氏や、安倍晋三氏への「国賊」発言を大臣就任時に釈明した村上誠一郎氏も同様で、最近の自民党にはこのようなタイプが多い。石破首相は安倍元首相に批判的だったのに、旧安倍派など党内保守派が期待する杉田水脈氏の参議院選挙比例代表への擁立を決定し、選択的夫婦別姓の導入にも企業・団体献金の禁止にも消極的で、石破氏が首相になっても自民党政治は変わりそうにない。

改憲に向けた動向

昨年の衆議院選挙では、立憲民主党が公示前98議席から148議席に増えた(ただし、比例代表制の得票数は0.6%しか増えておらず、小選挙区では野党の中で一番当選しやすい立憲民主党に票が集中し、有権者による消極的選択の結果だと思われるが)。選挙後の衆議院の憲法審査会会長に立憲民主党の枝野幸男氏が就いたことで、特に憲法9条の明文改憲は遠のいたと言える。今年の憲法審査会も予算案審議中は開催させなかった。2022年以降の衆議院憲法審査会では、緊急事態条項の憲法への明記論や、緊急事態時の議員任期延長改憲論が活発に行われたが、具体的な条文起草作業に入ることもできていない。

しかし、憲法9条の実質改憲は着々と進んでいる。2022年に閣議決定された「安保3文書」で「反撃能力」(敵地攻撃能力)の保有をうたい、これに向けて具体的なミサイル配備などを進めている。また、2027年度に防衛費をGDP比2%にするとし、2016年度から2022年度まで防衛費(当初予算)は5兆円台だったのに、今年度予算では8.7兆円になった。「能動的サイバー防御法」と「日本学術会議法」については「はじめに」で触れた通りである。政府解釈によれば、自衛隊は憲法9条で保持が禁止された「戦力」ではなく、いまだに単なる「実力」にすぎないとしているが、実態として自衛隊は他国のような軍隊に近づき、日本は「戦争できる国」から「戦争する国」になりつつある。

衆議院選挙結果から思うこと

昨年の衆議院選挙について、もう少し見ていこう。注目に値するのは、国民民主党とれいわ新選組の躍進である。国民民主党は公示前7議席から28議席に、比例代表での得票数は138%増で、れいわ新選組は公示前3議席から9議席に、比例代表での得票数は71.7%増であった。一方、日本共産党は公示前10議席から8議席に、比例代表での得票数は19.3%減で、社民党は議席数は前回と変わらない1議席で、比例代表での得票数は8.3%減であった。シングルイシューでの選挙は望ましいとは思わないが、「平和が大事」「憲法を護れ」より「手取りを増やす」「消費税廃止」という主張の方が有権者に響いたのであろう。

これに関しては、平和や憲法を訴える際に、私たちの生活と結びつけてアピールしていく工夫が必要であろう。例えば、従来、5兆円台であった防衛費を、GDP比2%で約11兆円にまで増やそうとしているが、全国1年間の大学授業料無償化は1.8兆円で、小中学校の給食無償化は0.5兆円で、健康保険の本人負担ゼロにするためには5.2兆円で実現可能である。また、変動の大きい生鮮食品を除く消費者物価指数の前年同月比の上昇が今年4月にで44か月連続続いている中、労働者の実質賃金は3年連続下がり続けているのに、今後防衛費増額のために所得税を上げるような状況なのか。防衛費とたばことは全く関係ないのに、なぜ防衛費増額のためにたばこ税の増税なのかなど、具体的に訴えていくべきである。

他にも、政党のYouTube再生回数(2024年10月9日から23日までの公開動画を24日時点で集計した『毎日新聞』10月27日デジタル版記事)を見ると、自民党が動画数77・再生回数3748万回(ただし、裏金問題など批判的内容が多い)に対して、国民民主党は動画数41・再生回数3044万回で、立憲民主党の動画数17・再生回数2243万回を上回っていた。ネット対策という点では、まだまだ伝統的な左翼・リベラルは弱いのではないか。

参議院選挙に向けた課題

参議院選挙は衆議院選挙と違って政権選択の選挙ではないが、もちろん議席構成によって政治は大きく変わる。次の衆議院選挙に向けて、立憲野党の議席増が望まれる。

しかし、2016年と2019年の参議院選挙選挙区では32ある全ての一人区で立憲野党候補者の一本化ができ、一定の成果(2016年は11議席、2019年は10議席獲得)を上げることができたが、2022年の参議院選挙では11の選挙区でしか一本化できず、獲得議席は3議席(国民民主党を含めると4議席)にとどまっている(そのため、2024年衆議院選挙の小選挙区でも立憲野党による候補者調整は不十分であった)。

今年の参議院選挙に向けても、一人区で立憲野党の候補者調整が十分には進んでいない。せっかく自公の議席をさらに減らすチャンスなのに、何を考えているのであろうか。各党自党の議席を増やすことで満足しているようにも見えるが、それではいつまで経っても万年野党にすぎない。少数野党であっても批判勢力としての存在価値はあるし、時に与党の法案を潰すことも可能であるが、政権を取らないと自分たちの望む法律の制定は難しい。

より具体的にいえば、立憲民主党は野党第一党ということで他の野党が譲れという態度をとっているようにも見えるが、もう少し日本共産党やれいわ新選組にも譲るべきである。一方、立憲民主党が候補者を立てているところで、日本共産党やれいわ新選組が候補者を立てて当選の見込はあるのであろうか。今月の東京都議会議員選挙では、1~3人区で立憲野党間の候補者調整がかなりできているのだから、参議院選挙でももっと努力をしてほしい。「中央」の意向とは別に、地方や各選挙区でもできることはあるであろう。

あらためて憲法9条を考える

今年は戦後80年、日本国憲法施行78年である。もう戦争を繰り返したくないという思いと、日本国憲法に9条があったことで、戦後、日本は直接戦争をすることはなかった。憲法9条2項に基づく政府の自衛隊=「実力」解釈により、自衛隊の海外派兵の禁止、専守防衛、武器輸出(禁止)3原則、集団的自衛権行使の否認、防衛費のGNP比1%枠などの具体的な制約も作ってきた。とはいえ、これらの制約の形骸化が進んだり、別物に変えられることで、憲法9条の理念はボロボロの状態である。

とはいえ、9条の規範力は残っている。9条2項がある以上、日本は軍隊を持つことができない。世間一般に「軍隊がないと攻められるのでは」と思う人がいるが、これはリアルな世界政治を見ない空想・妄想の類いではないであろうか。世界には既に26の軍隊のない国家があるが(コスタリカだけではない)、これらの国は軍隊がないことで攻められているのか。逆に、ウクライナのように軍隊があってもロシアに攻められたし、核保有国のイスラエルもハマスの攻撃を受けた。「軍隊があれば攻められない」ということではない。戦争には要因があるのだから、その要因を解消していけばいいだけの話である。莫大な防衛費を教育や福祉・医療、生活のために回せば、どれだけ豊かな暮らしができることか。

この間、自民党政権はアメリカやロシアのような憲法で軍隊の保有を認め、自衛権行使=「自衛戦争」ができる「普通の国」になろうとしてきた。一方で、憲法9条は戦争違法化の最先端に位置づけられる「優等国」である。今、日本も「普通の国」にレベルダウンするのか、憲法通り「軍隊のない国家」を目指すのか、問われている。(6月13日脱稿)