コラム

憲法をめぐる情勢と課題
清水雅彦/日本体育大学教授(憲法学)【2024.10】

はじめに
9月27日に石破茂氏が自民党新総裁に選出され、10月1日に召集された臨時国会で石破総裁が新しい首相に選出された。石破総裁は9月30日に、まだ首相にもなっていないのに、10月9日に衆議院を解散すると言う(10月27日投開票。ちなみに、マスコミなどは「衆議院解散権は首相の専権事項」と言ってきたが、そのようなことは憲法に規定されておらず、解散を決定する主体は憲法上内閣である)。早速、世論調査などによると、自民党の支持率が上昇し、新内閣に対する期待感が高まっているようであるが、統一協会問題も裏金問題も解決していない。自民党は新内閣のボロが出ないうちに衆議院選挙を行いたいようである。このような状況の中で、今後の憲法をめるぐ情勢と課題を考えてみたい。

石破首相・石破政権をどう見るか
石破氏は第2次安倍政権の途中から長らく自民党内では冷遇され、またあまりにも安倍・菅・岸田政権の「聞く力」を持たない強引な政治に対する反発から、世間的には石破首相の評価は高い。しかし、石破首相の安全保障論は大変危険である。自民党は2018年の4項目改憲案の1つとして9条2項を残しつつ自衛隊を憲法に明記する改憲案を発表したが、石破首相の持論は国家安全保障基本法を制定した後に、9条2項を削除して自衛隊を国防軍にするというものである。また、徴兵制合憲論も唱えていた。9条については安倍政権以上に危険な考えを有している(もっとも、日米地位協定改定や対等な日米関係を目指すその姿勢には、アメリカが警戒しているし、許さない可能性もあるが)。
また、10月1日に組閣された石破新内閣の顔ぶれを見ると、従来から無派閥の人材を多用し、旧安倍派からの起用はない。しかし、岩屋毅氏・中谷元氏・林芳正氏といった3人もの防衛大臣経験者が内閣に入り、自民党3役にも防衛大臣経験者である小野寺五典氏が政調会長に就任した。先の自民党総裁選候補者に9条改憲賛成の候補者がずらりと並んだ通り、衆議院選挙で自民党政権が続くとなれば、一気に9条改憲に進む可能性がある。

憲法審査会の動向
とはいえ、9条改憲については、与党内でも自民党と公明党とでは温度差があるし、他の野党も考え方は異なる。しかし、緊急事態条項改憲論では、自民党は2012年及び2018年の改憲案に組み込んでいるし、維新の会・国民民主党・有志の会が昨年と今年の衆議院の憲法審査会で緊急事態における議員任期延長の条文案を発表している。今年4月の衆議院の憲法審査会では、自民党の中谷委員が憲法改正の条文起草作業に入れと発言し、維新の会の馬場委員は審査会始動から11年で運営経費が33億円もかかっているのは国費の無駄遣いだと発言した(これが無駄なら、大阪・関西万博を止めた方がいいと思うが)。
以上のような状況から、自民党の改憲の本命は9条改憲であるが、状況によっては緊急事態条項改憲を先行させるか、本命の9条改憲と緊急事態条項改憲をセットで狙うかもしれない。次の衆議院選挙で、改憲を阻止するためにも可能であれば政権交代、少なくとも自民党など改憲勢力の議席を減らさなければならないが、さらに維新の会を野党第1党にしてはならない。なぜなら、維新の会が衆議院の憲法審査会の野党筆頭幹事になれば、改憲が一気に進む可能性があるからである。

この間の共闘の成果と限界
このような状況の中、あらためて考えてほしい。安倍政権による集団的自衛権行使容認の閣議決定(2014年7月)から10年、これを具体化する「戦争法」の制定(2015年9月)から9年が経つが、これらに対抗して結成されたのが、「戦争をさせない1000人委員会」(2014年3月結成)、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」(2014年4月結成、 その後団体名から「解釈で」を外す)、「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」(2014年5月に憲法改悪反対共同センターから改組)であり、この3団体によって「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が2014年12月に結成された。さらに、「総がかり行動実行委員会」もかかわって、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」が2015年12月に結成される。市民連合の出発点は、「安保法制の廃止と立憲主義の回復」との団体名に明確に表れている。
このような運動の土台ができたからこそ、2016年の参議院選挙では32あるすべての1人区で立憲野党による統一候補が実現し、一定の成果をあげた(2013年参議院選挙1人区で立憲野党が獲得した議席は2議席に対して、2016年は11議席。28の1人区で立憲野党統一候補への得票数が立憲野党4党の比例得票数を上回る)。2017年の衆議院選挙は希望の党騒動があり、誕生したばかりの立憲民主党の議席獲得には限度があったが、2019年参議院選挙でも立憲野党は1人区で共闘し、10議席獲得する。
しかし、2021年衆議院選挙では立憲民主党と共産党が議席を減らし、保守派から「立憲共産党」などとの攻撃がなされた。続く2022年参議院選挙では1人区での統一候補は11選挙区にとどまり、3議席(国民民主党を含めると4議席)しか獲得できなかった。この原因として、立憲民主党には共産党との共闘が問題だったと考える人が多いようであるが、立憲民主党の足腰の弱さ(党員も地方議員もまだまだ少ないこと)と、共産党の足腰の弱体化(党員と『しんぶん赤旗』部数の減少)があるのではないのか。

最近の状況から考える
そして今年。岸田政権は低支持率が上昇せず、堪えきれずに退陣することになり、石破新総裁・新総理が誕生した。自民党は新体制の下で今の政局を乗り切ろうとしているが、この間、問題になってきた統一協会との関係や裏金問題はうやむやにされたままである。これら問題は石破総裁・総理の下でも解決しないであろう。このような腐敗した政治を変えるためにも、政権交代が必要であるが、一方の立憲野党はどうであろうか。
この点で、衆議院で小選挙区制を導入している以上、政権交代をするには立憲野党間で候補者調整をするしかない。また、政権交代をするからには、自民党政権と同じ政治(例えば、日米同盟の維持や違憲の「戦争法」の存続など)を継続するなら、政権交代の意味がない。にもかかわらず、立憲野党間での候補者調整が一向に進まないばかりか、立憲野党各党がそれぞれの候補者を擁立する動きがある。せっかくの政権交代のチャンスだというのに、何をしているのであろうか。この状況を自民党は喜んでいるに違いない。今の立憲野党を見ていると、本気で政権交代をする気はなく、それぞれの党勢拡大で満足しているかのようにも見える。これでは万年野党から抜け出せない。

9年前・10年前の原点に立ち返れ
ここはあらためて2014年・2015年の閣議決定と「戦争法」制定の問題は何かに立ち返って考えてほしい。これはもちろん、憲法9条の下での従来の政府解釈からしても許されないことをしたということである。私はじめ憲法学界の多数派は自衛隊を違憲と考えるが、政府は自衛隊を違憲にしないために、自衛隊は憲法9条2項で保持が禁止されている「戦力」にはあたらない、「自衛のための必要最小限度の実力」と解釈してきた。そして、平和を求める世論を受けて野党が国会で政府を追及することで、自衛隊の海外派兵の禁止、専守防衛、武器輸出(禁止)3原則、集団的自衛権行使の否認、防衛費のGNP比1%枠といった制約を形成してきた。今も自衛隊は「戦力」=軍隊ではないのである。
にもかかわらず、安倍政権は集団的自衛権行使容認に踏み切った。さらに、岸田政権による2022年の「安保3文書」閣議決定を受け、2023年に防衛装備移転3原則と運用指針改定でライセンス生産品のアメリカ以外のライセンス元への輸出と、完成品の輸出、ウクライナ以外の被侵略国にも殺傷能力のない武器提供を可能とし、今年3月には防衛装備移転3原則の運用指針改定で英伊と共同開発中の次期戦闘機の第3国への輸出を可能にした。また、2027年度には防衛費をGDP比2%にするという。「反撃能力」を有するようになれば、自衛隊の海外派兵の禁止や専守防衛にも反することになる。「安保3文書」の具体化は9条との矛盾を大きくするから、この矛盾解消のために9条改憲が必要なのである。
もう一つは、閣議決定だけで解釈を変更したり、小選挙区制という民意を忠実に反映しない選挙制度(憲法学界における代表をめぐる議論では、議会は民意を忠実に反映すべきであるという社会学的代表論からすると、望ましい選挙制度は比例代表制となる)で選ばれた国会で「戦争法」を強引に制定するという、立憲主義の否定である。憲法9条の規範力と立憲主義を取り戻すためには、9条理念と立憲主義を実現する政権が必要である。

おわりに
「戦争する国」を目指してきた、そして今後も目指すのが自民党である。しかし、この間、国会で改憲勢力が3分の2を越えても改憲の発議をしなかったのは、国民投票で勝てるという自信が改憲派にはなかったからであり、これは私たち市民連合などの運動の成果である。私たちはこのことに自信を持つべきである。石破政権では従来以上に9条改憲の追求は続くので、「安保3文書」具体化阻止の闘いが必要である。自民党政権の下では9条理念の実現は無理であるから、あらためて「労組と市民と野党の共闘」(市民と野党だけで共闘してきたのではない)を強め、総選挙で政権交代をしなければならない。
権力を握るために大同団結できるのが自民党であるのに対し、残念ながら対立・分裂を繰り返してきたのが左翼・リベラルである。しかも、確かにマイノリティであっても批判勢力に存在価値はあるが、自分たちがマイノリティとの自覚はあるのであろうか? マイノリティでも時にマジョリティの法案・政策を潰すことはできるが、政策実行のためにはマジョリティにならないと無理である。もういい加減、自民党政治を終わらせる、さらに憲法理念を実現していくために、衆議院選挙に向けて大同団結を目指すべきである。(2024年10月1日脱稿)