自民・石破新総裁、
「核持ち込みなし」の核共有を!と
定義上も過去の発言からも無理な主張(2024.10)
9月27日に自民党新総裁に選ばれた石破茂氏は、9月16日のネット討論会で、次のように「核持ち込みなし」の核共有についての検討を提唱して話題を呼んだ。
「核共有っていうのは意思決定の過程を共有しましょうってことですから、非核三原則に触れるものでも基本的にはないということで。この話はもう少し真面目にしなきゃいかんですよ。核攻撃を受けた国であるだけに。」
「核共有」というのは、ヨーロッパの北大西洋条約機構(NATO)諸国に米国が配備している核兵器に関して使われる概念であり、石破氏自身、過去には、日本に米国の核兵器を「持ち込む」ことを前提に日本も「核共有」を検討すべきだと主張していたことから言って、今回の主張には相当の無理がある。以下、核共有の定義と、過去の発言という二つの点から、氏の主張について吟味してみよう。
核共有の定義
現在、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダのNATO4カ国に米国が配備しているそれぞれ15発ずつの核爆弾、計60発が「核共有」状態にある。4カ国のパイロットたちが定期的に模擬投下訓練を受けていて、核戦争の際には実弾を投下する仕組みだ。核兵器の非核兵器国への移譲は、核不拡散条約(NPT)第1条で禁じられているが、普段は米国管理下に置いておいており、核戦争が始まったら、条約はご破算になるからこのシステムに問題はないというのが米国(及びNATO諸国)の主張だ。NPT交渉において旧ソ連は、以前からNATO諸国に配備されていた米国の核兵器に関する米国の主張を受け入れたという背景がある。この仕組みによって「西ドイツ」などの独自核武装を防ぎたいという点で米ソ双方の利害が一致したのだ。
NATO加盟国は全て(フランスを除き)「核計画グループ」に参加していて、NATOの核抑止の状況・活用に関する協議・決定に関わっている。たただし、核投下の最終決定を下すのは米国大統領だ。(ヨーロッパの5カ国に合計約100発の米軍の核兵器が配備されているが、イタリアのアビアノ基地配備の20発は米軍機用であり、トルコ配備の20発には投下用に割り当てられたトルコ機はなく、米軍自身の投下用航空機も常駐とはなっていないことに注意。)
核共有は、単なる「持ち込み」を超えた体制だ。日本は、NPT2条で、核兵器を「直接または間接に受領しない」ことを約束している。米科学者連合(FAS)の核問題専門家ハンス・クリステンセン氏は筆者へのメール(2018年4月4日)で次のように述べている。「NPTが発効する前から存在していたNATOの核共有体制と異なり、日本との核共有は新たな取り決めとなる。米国の核兵器を受けとる明確な意図をもって、日本の航空機を装備し、日本人パイロットの訓練をすることは、たとえ、NPTの文言に違反しないとしても、その精神に反するものであることは明らかだ。日本のNPT加盟国としての地位と両立し得ないと考える。」
以下、時系列的に石破氏の発言を見ていこう。
2017年 石破氏、核兵器の持ち込みを前提に核共有の検討を提唱
石破氏は、2017年9月4日、自身の議員グループ「水月会」で、同日に行われた北朝鮮の6回目の核実験に触れ、米国の核兵器を持ち込まないことを含む非核三原則を見直すべきだと主張した。このことがきっかけとなって招待された9月6日のテレビ朝日の番組で、同氏は、米国の核の傘で守ってもらいながら「持たず、つくらず、持ち込ませず、議論もせず」でいいのかと問いかけ、「ニュークリア・シェアリング」(核共有)も含めて議論をすべきとの考えを示した。そして、9月8日には、自身のブログで、核共有などの「核戦略については随分と以前から公の場でも論じて」きていると説明した。
この後、石破氏は中央公論11月号に「『持ち込み』から共同保有まであらゆる議論が必要だ」と題された論考を発表した。そこでは次のように述べている。
「3原則のうち『持ち込ませず』について、もう少し可能性を広げて検討し、議論してみるべきです。それは日本の米軍基地に核ミサイルを持ち込み、配備することになるのか。または、共同保有、『ニュークリア・シェアリング』という道筋になるのか。結論まで、緻密な検討が必要になるでしょう。」
2022年 注目された安倍晋三元首相の核共有検討の主張と石破氏の反応
2022年2月27日、フジテレビの番組で安倍晋三元首相が、核共有の議論をすべきだと述べて注目されたことは、まだ記憶に新しいだろう。ロシアによるウクライナ侵攻を背景になされた元首相の発言は以下の通りだ。
「国内核の問題は、NATOでも例えば、ドイツ、ベルギー、オランダ、イタリアは核シェアリング(核共有)をしているんですね。自国に米国の核を置いていて、それを(航空機で)落としに行くのはそれぞれの国がやるというデューアル・キー・システムですね。こういうことをやっているということは、恐らく多くの日本の国民の皆さんも御存じないだろうと思います。日本はもちろんNPTの締約国で、非核三原則がありますが、世界はどのように安全が守られているか、という現実について議論していくことをタブー視してはならないと私は思います。」
これに呼応して、石破氏は翌3月7日、ABEMA Primeに出演し、やはりロシアのウクライナ侵攻に危機感を示しながら、次のように述べている。
「私は核共有の話を、何年も前からしてきた。“そんなことをやっても意味がない”、“最終的にはアメリカが使う権限を持っている。戦闘機に積むタイプのものだから、実際に使うことになっても、ものすごく時間がかかる”など、否定論はいっぱいある。しかし、なぜドイツやベルギーなどの国々がこの政策を採っているのかを突き詰めて理解しないまま“そんなものはダメだ”と言うのは思考停止だ。」
岸田文雄首相は、2月27日の安倍発言の翌日、参院予算委員会で「非核三原則を堅持する我が国の立場から考えて認められない」と核共有導入の可能性を否定した。
一方、自民党は、安全保障調査会(会長・小野寺五典元防衛相)が3月16日に核共有問題について勉強会を開いた。高市早苗政調会長(当時)の求めに応じたものだ。報道によると、岩間陽子政策研究大学院大教授と神保謙慶応大教授の講演で、配備された核が最初の攻撃対象となるなどの説明を受け、調査会として、「核共有は日本にはなじまない」との結論に達したという。
この後、安倍元首相は、5月6日、BSフジの番組で、日本に対する核攻撃があった場合の報復の手順を日米で決めるべきと主張している。「必ずアメリカが報復すると相手が思わなければ抑止力にならない。核の傘をより現実的にしていくため、どのような手順で報復をするのか等を日米で協議し決めていく必要がある。日本も核シェアリングをしろというのではなく、核についての議論を深めていくべき」という。上述のNATOの核計画グループの機能を意識してのことだろう。
なお、安倍発言に関連して、2023年9月13日、米国訪問中の立憲民主党の泉健太代表(当時)が、前日にモイ国務次官補代理(東アジア・太平洋担当)から「日本と韓国における米国の核共有は非現実であり、米国は望んでいない」と伝えられたことを明らかにした。
2023年 石破氏、国会で「核配備抜き」の核共有を主張
石破氏は、2023年12月15日衆院予算委員会で、次のように述べて新しい核共有の定義を披露している。
「故安倍総理が何を考えておられたか知る由もございませんが、核共有というのは、核兵器を共有することでもない。管理権を共有することでもない。そして、使用の決定を共有するものでもない。共有するものは何か。核抑止によるリスク、効果、それを共有するのであり、意思決定に至るプロセスを共有する。それがニュークリア・シェアリングの本質だと私は思っているし、非核三原則に抵触しない形でもそれは可能なものだと思っています。」
石破氏は、ここで、核共有の本質は「意思決定に至るプロセスを共有する」ことだとして、核共有の「再定義」を試みている、これは、氏の「個人的理解・感想」であり、これを基に日本も核共有を検討すべきと主張するのは、国際的にもいらぬ誤解を招く。「核配備抜き」が本心であれば、核抑止・核使用について日米双方の理解を深める仕組みを作りたいと言えばいいだけの話だ。
付言すると、1999年に、核共有に詳しいドイツの「ベルリン大西洋安全保障情報センター(BITS)」のオットフリート・ナサウアーから、「核配備抜き核共有」の可能性、利点について聞かされたことがある。ただし、これは、ヨーロッパにすでに配備されている米国の核兵器を撤去した上で、既存の核計画グループの協議機能を残そうという話だ。米国の一方的な核使用決定を牽制するという意図に基づくもので、石破氏の「再定義」とは全く異なる。
岸田首相は、石破氏の提案に対し、「米国の拡大抑止は、我が国の安全保障にとって不可欠」とした上で、核共有については、「非核三原則や原子力基本法を始めとする法体系との関係からは認められず、政府として議論することは考えていない」と応じた。
2024年9月末 石破氏、アジア版NATO提唱 核持ち込み・核共有の検討を!と
石破氏は、9月27日に米ハドソン研究所が公表した自民総裁選候補者らの論考の中で、「アジア版NATOにおいても米国の核シェアや核の持ち込みも具体的に検討せねばならない」と述べている、と各紙が報じた。石破氏には、この主張と、2023年の岸田首相への問いかけや、総裁選の中で披露した「核配備抜き核共有」論との矛盾について、明確な説明をする責任がある。
核共有についての情報共有の必要性
2022年の安倍発言の際に、結論が出たかの印象を与えたが、核共有論は登場し続けている。とりわけ、今回は自民党総裁・首相の主張となることを考えると、早急に国民や政治家の間で核共有についての正確な情報が「共有」されるようにすることが重要だ。
なお、高市早苗候補は、2022年4月19日、にっぽん放送のインタビューで、「いまの日米同盟のなかで、そのような仕組み[核共有]がつくれるかどうかと言うと、かなりハードルが高いのではないでしょうか。ただ、議論すること自体は封じられるべきではないと思います」と述べている。だが、有事の際には国民の命を守るために、「核の持ち込み」は例外として認めるべきとの主張だ。総裁選に合わせて出版された編著『国力研究 日本列島を、強く豊かに。』でも、高市氏は「持ち込み」について同様の主張を展開している。
(2024.10)
プロフィール
田窪 雅文(たくぼ・まさふみ)
ウエブサイト「核情報」http://kakujoho.net/ 主宰。「核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)」メンバー。主要著書に「プルトニウム:原子力の夢の燃料が悪夢に」(フランク・フォン・ヒッペル、カン・ジョンミンと共著、緑風出版、2021年)。