ひろば

「羊頭狗肉」の改憲論議?
 【2024.4】早稲田大学教授 愛敬 浩二

現在の改憲論議と議員任期延長問題

自民党議員の裏金問題によって国民の間の政治不信が高まり、岸田政権の支持率も低位安定する中、衆議院憲法審査会が開催され、今国会で実質的な討議が初めて行われた(4月11日)。翌朝の朝日新聞の記事によると、自民・公明両党と日本維新の会・国民民主党が憲法改正に向けた原案づくりに前向きな姿勢を示し、筆頭幹事の中谷元(自民党)は「緊急事態」における国会議員任期延長の問題(以下「任期延長問題」と略す)について、「いつでも条文起草作業に入っていける」として、条文化に向けた与野党の協議体の立ち上げを呼びかけたとのこと。

任期延長問題とは、国会議員の任期満了の直前に大規模自然災害等の「緊急事態」が生じて選挙が実施できない場合、「国会の機能を維持する」ため、憲法を改正して国会議員の任期延長を認めるべきかという問題である。衆議院憲法審査会は2023年6月15日の会議で任期延長問題に関する各党の見解を整理しており、その際の配布資料「『緊急事態(特に、参議院の緊急集会・議員任期延長)』に関する論点整理」を見ると、対象とする緊急事態を、①大規模自然災害事態、②テロ・内乱事態、③感染症まん延事態、④国家有事・安全保障事態の4事態に加えて、⑤その他これらに匹敵する事態とすること、緊急事態の認定主体が内閣であることや国会の関与の在り方についても、自民・公明・維新・国民の四党の間に合意がある。延長期間の上限等について若干の意見の相違もあるが、「いつでも条文起草作業に入っていける」という中谷の状況認識は基本的に正しいように思われる。

改憲提案の「些末さ」の政治的文脈

芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法 第8版』(岩波書店、2023年)によれば、国家緊急権とは、「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限」であり、「立憲的な憲法秩序を一時的に停止し、執行権への権力の集中と強化を図って危機を乗り切ろうとするものであるから、立憲主義を破壊する大きな危険性をもっている」(402頁)。前述した「安全保障事態の4事態」と同様、様々な「緊急事態」を区別せずに国家緊急権を論ずる芦部の議論は近年、憲法学界でも問題視されているが、それにしても、緊張感に溢れる芦部の論述と比べた場合の、議員延長問題の「些末さ」は際立っている。なお、任期延長問題に対しては、仮にそのような問題が生ずる可能性が皆無でないとしても、立法的対応が合理的・効果的であることについては、日本弁護士連合会「国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書」(2023年5月11日)を参照されたい。

四党が任期延長問題に熱中する事情は容易に理解できる。国会議員の任期は憲法の明文で定められているため(衆議院議員4年=45条、参議院議員6年=46条)、明文改憲が必要不可欠だからである(9条のように「解釈改憲」の余地はない)。政局レベルの問題として、連立与党側には、9条の明文改憲に消極的な公明党が任期延長改憲には積極的という事情がある一方、日本維新の会や国民民主党の側には次の事情がある。政権維持のためには財政規律を弛緩させる政府与党を相手にしつつ、世論・メディアの間での「政権交代オブセッション」の浸透を前にして「責任ある野党」の振りをするためには、積極的な改憲スタンスは―改憲の効果・影響に無頓着ならば―合理的な選択といえる。第一に、改憲論議に熱心な態度を示せば、「国家のあり方」等の大きな問題について大胆に政策論議をしていると主張できる。第二に、「野党共闘」の可能性を摘み取るわけにはいかない野党第一党(立憲民主党)が改憲論議の進行に消極的であったという事情の下で、改憲論議を主導すれば、「現実的」政党として世論・メディアにアピールできる。いずれにせよ、「些末な」改憲提案が「粗雑に」議論される政治的条件が存在することを意識する必要がある。

任期延長改憲の危険性

現在の改憲論議を見る限り、国会議員の任期延長のための改憲論議は、「羊頭狗肉」の感があることを否めない。しかし、憲法審査会での粗雑な改憲論議に惑わされて、事態の本質を見誤ってはならない。「緊急事態」における任期延長を可能とする条文を新設するならば、その前提として「緊急事態」の認定等に関する総則的規定の新設が必要になる。実際、自民党憲法改正推進本部「憲法改正に関する議論の状況について」(2018年3月26日)は、任期延長に関する規定(64条の2)とは別に、「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる」(73条の2)という条文を準備している。内閣が「緊急事態」を認定すれば、「平時」では許されないような政治集会への制約(禁止)も可能となろう。

実際、ロシアでは、プーチンが次期大統領選への出馬を可能にするための憲法改正国民投票に先立ち、コロナ対策を理由として、改憲反対派の抗議デモや集会が厳しく禁止された(朝日新聞2020年6月25日朝刊)。任期延長という「些末な」明文改憲には必ず、「緊急事態」における特別な権力行使を一般的に正当化する条文が何らかのかたちで導入される危険性があることを、十分に意識する必要がある。

「些末」で「粗雑」な任期延長改憲論議は、立憲主義にとって致命的な打撃を加える。改憲提案の内容が「些末」だからこそ、改憲派は「緊急事態においても立憲主義を貫くための改憲論だ」という内容空疎で仰々しい主張に頼るからである。衆議院憲法審査会における典型的な発言を3つだけ引用しておく。

北神圭朗(有志の会)「今回の議員任期の延長の制度、これを憲法上創設することは、緊急時においてできるだけ国会の機能を維持し、安易に超法規的な措置に頼らず、立憲主義と行政に対する民主的統制をぎりぎり守るためにも不可欠であると考えます」(2022年3月17日)。

山下貴司(自民党)「立憲主義を貫く、そして国民の生命を守るためにも、早急に緊急事態における憲法の在り方について議論し、特に国会議員の議員の任期の延長、そして緊急政令の要否について議論すべきことは明らかである」(2022年10月27日)。

新藤義孝(自民党)「どのような緊急事態においても国会機能の維持をぎりぎりまで追求し、それでも困難となった場合に、政府による超法規的措置の執行を防ぎ、立憲主義の下で政府を行動させようという仕組みであります」(2022年12月1日)。

国会議員の任期延長のための憲法改正は、「緊急事態」におけるアカウンタビリティなき政府の持続と政府権力の増強を帰結するのみならず、そのために行われる改憲論議は立憲主義の理念を矮小化し、それへの信頼を破壊する。任期延長問題に関する現在の改憲論議は決して、「羊頭狗肉」の改憲論議ではない。

(2024.4)