広島G7サミットに失望?
米国の先制不使用宣言に反対の日本に何を期待?(2023.6.29)
5月に広島で開催されたG7サミット(先進7カ国首脳会議)の結果に反核運動や被爆者が失望したとの報道が多く見られる。人々は何を期待し、どう失望したのか。
昨年11月インドネシアで開かれたG20サミットの首脳宣言に「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」との表現が入ったことが期待を大きくした一因となったようだ。
G7が日、米、英、独、仏、伊、加(+欧州連合(EU))であるのに対し、G20は、これらに加え、インドネシア、アルゼンチン、豪州、ブラジル、中国、インド、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコが参加している。ここから生じたのが、G7諸国(および中ロ)を含む全参加国が上の文言に賛同したのだから、「被爆地広島」で開催されるG7サミットでも、これを再度表明できるはずだとの発想だ。これを一歩進めると、G7は核兵器禁止条約も受け入れられるはずだとなる。あるいは、G7は、先には核を使わないとの「先制不使用宣言」も支持できるはずだとなる。これは例えば、G7に「先制不使用宣言」支持を呼びかける声明を作り、署名を集めるという国際的運動として展開された。
だが、G20の文言はロシアによるウクライナ侵攻を背景に、ロシア批判として出されたものだ。日本には、米国による先制不使用宣言に反対してきた歴史がある。米が核を先には使わないと宣言するのに反対する岸田首相が、G20の文言をG7諸国の核政策を表明する文書に入れようとするというのは、元々、あり得ないことだった。(G20の文言に同意したのだから、米国の先制不使用宣言に反対しないと明言すべきだと岸田首相に迫る運動を展開して、首相の主張の矛盾を明らかにすることを試みるというのはもちろんあり得る。だが、それはG20 で岸田首相らがこれまでにない核軍縮の意思を表明したと漠然と信じてしまうのとは別の話だ)
バリ宣言の発表当時、例えば、日経(2022年11月16日)は、「ウクライナに侵攻したロシアを念頭に『核兵器の使用や威嚇は認められない』と明記」と報じていた。ロシアの主張も併記することで採択に漕ぎつけたとの説明だ。産経(同日)も「ロシアによる核兵器使用の威嚇は『許されない』と断じるなど、対露批判に踏み込んだ内容となった」と記していた。また、時事(同日)は、見出しで「ロシア非難の首脳宣言採択=『他の見解』併記」と説明。そして、岸田首相が「核の威嚇や使用は人類に対する敵対行為であり、最大限の強い表現で盛り込むべきであることを日本から特に強く働き掛けた」と述べたと解説している。この時、「この文言は米国を含むすべての核保有国の核に関するものであり、これまでの日本の方針を変え、米国の先制不使用宣言を支持する」との考えか、と記者諸氏が岸田首相に確認していれば、広島G7サミットに対する過度の「期待」を鎮静させる役割を果たせたかもしれない。
米国による先制不使用宣言に反対する日本──「唯一の被爆国」のイメージと裏腹に
日本は、クリントン政権以来、米民主党政権で米国の一方的な先制不使用宣言が検討されるたびに、宣言に反対する姿勢をとってきている。核を先には使わないと宣言するのは、核攻撃に対する核報復は否定しておらず、核抑止論自体を非難する立場とは異なるが、核軍縮に向けた小さいが重要なステップとして米国の核専門家らの多くが提唱してきたものだ。核攻撃に対する報復としてしか核を使わないと米国が宣言することに反対する日本が、「核兵器の使用や威嚇は認められない」という文言を普遍的に支持できるはずがない。当然、核兵器禁止条約に賛成することなどあり得ない。以下、駆け足で、米国の先制不使用宣言に反対する日本の政策の歴史を振り返っておこう。
1982年、日本政府は国会において、米国の「核の抑止力または核の報復力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではない」と述べて、日本が核攻撃を受けた場合にのみ米国が核を使って報復するとの考えではないことを示した。そして、1999年8月6日に高村正彦外相が国会で、米国による先制不使用宣言に反対する立場を定式化した。「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難である」というものだ。1)「核攻撃だけでなく生物・化学兵器及び大規模の通常兵器による攻撃にも核で対処して欲しい」との考えだ。米国で検討されてきた先制不使用宣言は米国による独自宣言だが、2)「相手国が先制不使用を約束しても検証できないから信用できない」と主張して、議論のすり替えが行われていることにも注意が必要だ。この主張はまた、米国による独自宣言には日本は反対だが、核保有国が同時に宣言する形なら日本は賛成するのだろうという見方が間違いだということを示している。
2014年4月25日岸田外相(当時)は、「米国の核兵器は……核兵器国及び自国の核不拡散義務の非遵守国による通常兵器または生物化学兵器による攻撃を抑止する役割を依然として担う可能性は残っている」と述べている。
オバマ政権末期の2016年9月には、米国が先制不使用宣言をすれば不安に感じた日本が核武装するかもしれないとしてケリー国務長官が宣言に反対したとニューヨーク・タイムズ(9月6日)が報じた。長官は、4月に岸田外相とともに平和公園を訪問したばかりだった。同政権の2009年の検討の際と同じく、日本は結果的に、「核武装の脅し」によって米国の軍縮措置を阻止したのだ。
2021年4月6日には、オバマ政権が宣言を断念した最大の理由は日本の反対だったとするトーマス・カントリーマン元国務次官補の発言が伝えられた(東京新聞)。この時は、茂木外相、加藤官房長官が、3)「すべての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではない」との文言を付け加えたうえで、高村方式で米国による先制不使用宣言に日本が反対する理由を説明している。同時に宣言ならいいのかと思わせるが、「検証可能な形」はそもそもあり得ないからダメとの主張だ。この時の茂木答弁は、1)「生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃も核報復の脅しで抑止して欲しい」との部分を省略して、日本の主張をぼかしている。
オバマ政権の副大統領を務めたバイデン大統領は、米国は、先制不使用宣言、あるいは、「核攻撃を抑止すること──そして、必要とあれば核攻撃に対し報復すること──を米国の核兵器の唯一の目的とする」との宣言をすべきだという考えを持っていた。だが、「核態勢の見直し(NPR)」においてこのような宣言をすることを最終的に断念した(2022年3月28日、議会へ機密バージョン送付)。この時も日本を含む同盟国の反対があったと報じられた。読売(2021年11月10日)は、「日本政府は『先制不使用は中国などへの誤ったメッセージとなり、抑止力が低下する』(外務省幹部)と…バイデン政権発足後、非公式にこうした懸念を伝えた」と報じている。
2022年8月の第10回NPT再検討会議の最終文書草案には、「核保有国に先制不使用政策採用を求める」文言が入っていたというのは、各紙が報道した通りだ。現地に派遣された武井外務副大臣が8月23日、記者らに「『核の先制不使用』について、日本の安全保障に『十全を期すのは困難』」と高村式説明をして、反対を表明している(産経8月24日)。これに関連して、共同(同26日)が次のように報じた。問題の記述に「米政府が反対し、削除を求めていたことが25日分かった。米政府関係者が明らかにした。米国の『核の傘』の下にある日本や欧州の同盟国の抑止力低下に対する懸念に配慮した形」。岸田首相は、最終文書が採択されなかったことについて、「ロシア1カ国の反対で合意が成立しなかったことは極めて遺憾だ」と述べている(日経8月27日)。だが、その最終文書の最終案から「先制不使用」が消えており、それが日本の要望に従ったものだったことには触れようとしない。
この流れを見れば、岸田首相がG20の文言を米国の核にも当てはまるものととらえているはずがないことは明白だろう。
2023年G7外相コミュニケとG7首脳広島ビジョン
G7外相会合(軽井沢)のコミュニケ(4月18日)にはこうある。「ロシアの無責任な核のレトリック及びベラルーシに核兵器を配備するとの威嚇は受け入れられない……我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」
これにより、広島G7サミットの方向性が明確になったにもかかわらず、例えば、共同(4月19日)は次のような紋切り型報道で、期待を持たせ続けた。「被爆地・広島を地元とし、『核なき世界』をライフワークにする首相の「有言実行」を印象付ける、前向きなG7外相メッセージ。首相は、G7首脳会議(広島サミット)で首脳レベルに格上げしたい考えだ。」
結局、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」(5月19日)はこうなった。「ロシアの無責任な核のレトリック、軍備管理体制の毀損及びベラルーシに核兵器を配備するという表明された意図は、危険であり、かつ受け入れられない。我々は、ロシアを含む全てのG20首脳によるバリにおける声明を想起する。この関連で、我々は、ロシアのウクライナ侵略の文脈における、ロシアによる核兵器の使用の威嚇、ましてやロシアによる核兵器のいかなる使用も許されないとの我々の立場を改めて表明する……我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」
若干の挿入があるが、外相コミュニケと同じ構成だ。そして、バリ宣言の文言はロシア非難を意図したものであったことを再確認する格好となっている。
期待を持たせてしまった、あるいは、持ってしまった原因は、どこにあるのか。冷静な見直しが必要だ。
参考:
衆議院外務委員会 1999年08月06日 (先制不使用と日本の安全保障)
http://kakujoho.net/npt/motegivsokada.html#r2
不思議なNPT再検討会議関連報道─「唯一の被爆国による橋渡し」の幻想が招く思考停止? 核情報 2022. 9.28
http://kakujoho.net/npt/jp2022npt.html
プロフィール
田窪 雅文(たくぼ・まさふみ)
ウエブサイト「核情報」http://kakujoho.net/ 主宰。「核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)」メンバー。主要著書に「プルトニウム:原子力の夢の燃料が悪夢に」(フランク・フォン・ヒッペル、カン・ジョンミンと共著、緑風出版、2021年)。