ひろば

「現況における安全保障政策についての市民連合の基本的な考え方」の検討と課題 【2023.5】

1 はじめに

2023年5月、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合は表記の「現況における安全保障政策についての市民連合の基本的な考え方」を公表した(以下、「基本的な考え方」と略記する。)。ここで「基本的な考え方」を検討し、その課題を紹介する。

2 「基本的な考え方」の検討

「基本的な考え方」4ページでは「アメリカでさえ中国に直接ミサイルを撃ち込むことは前提としない姿勢をとることが予期される中で、日本がアメリカに代わって、アメリカのインテリジェンスに基づいて、敵基地攻撃能力を保有、行使することになる愚かさは筆舌に尽くしがたい」と述べられている。「基本的な考え方」では、第2次安倍自公政権から続く軍事政策は「日本防衛」でなく「アメリカの軍事戦略の一環を担う」という認識が示されている。安倍自公政権下での集団的自衛権行使容認の閣議決定や安保法制の制定、岸田自公政権の「安保3文書」は日本を守るためと自公政権や右翼コメンテーターなどは主張してきた。ただ、「基本的な考え方」が適切に指摘するように、第2次安倍自公政権以降、進められてきた軍事政策は「日本防衛」ではなく、アメリカの軍事政策に加担し、アメリカの戦争でアメリカの代わりに自衛隊が戦い、日本、とりわけ南西諸島を中心とする沖縄や九州を戦場にする危険性がある。私が本稿で「防衛政策」「安全保障政策」でなく「軍事政策」と記すのは、第2次安倍自公政権以降の政策は「日本防衛」のためでなく、アメリカの軍事戦略に加担し、世界中での武力行使、戦争を可能にする政策だからである。2022年12月16日に岸田自公政権が閣議決定した「安保3文書」の一つ、「防衛力整備計画」1ページでは「『スタンド・オフ防衛能力』と『統合防空ミサイル防衛能力』を強化する」とされている。「統合防空ミサイル防衛」(IAMD)とはアメリカの軍事戦略であり、①敵の策源地への攻撃、②敵のミサイル等を迎撃する積極防衛、③基地のこうたん化による消極防衛、④高度なネットワークによる一元的な指揮・統制システム、という4つの要素を持つ。岸田自公政権が閣議決定した「安保3文書」で打ち出された「敵基地攻撃能力の保有」はアメリカの軍事戦略IAMDの①を担うものである。「敵基地攻撃能力の保有」も日本防衛のためでなく、アメリカの軍事戦略に加担する政策決定である。安保法制や安保3文書は、日本が攻撃されていない場合でも、日本が先に外国を攻撃することを認めた。日本が先に外国を攻撃する国家行為は憲法の「平和主義」からは絶対に正当化できない。実際に日本が攻撃される前に日本が先に外国を攻撃すれば国際的にも大きな批判を受ける。攻撃された国からは全面的な報復攻撃を呼び込む危険性がある。

そして、こうした海外派兵法制の整備や海外派兵型兵器の保有は、「北東アジアにおける軍拡競争を加速させ、安心供与を行う外交への道を閉ざし、かえって安全保障環境を一層悪化させている」と「基本的な考え方」5ページは指摘する。実際、ロシア、中国、共和国は安保3文書を批判し、対抗措置をとる旨の発言をしている。「基本的な考え方」は国際関係についても正確な認識を提示している。

3 「基本的な考え方」の課題

(1)極めて適切な「基本的な考え方」

以上のように、「基本的な考え方」は、①第2次安倍自公政権以降進められてきた軍事政策は日本防衛のためでなく、アメリカの軍事戦略に加担するものとの認識を示し、②そうしたアメリカの軍事戦略への加担は日本市民を守るものにならないこと、日本を守るどころアメリカの身代わりになるという、「筆舌に尽くしがたい」愚かな行為となること、③北東アジアに緊張をもたらすと指摘する。

第2次安倍自公政権以降の軍事政策は転換されなければならない。そこで「基本的な考え方」は以下の提言をする。

「自衛隊のあり方と自衛権の範囲をふたたび憲法の統制を受けた個別的自衛権に限る『専守防衛』に戻し、日米安保条約とのバランスを回復させ、日米地位協定を改定し、米軍に今や自衛隊まで加わった沖縄の過剰な基地負担を減らし、身の丈にあったリアリスティックな外交・安全保障政策によって戦争を回避する活路を切り拓き、日本国民をすべて個人として尊重し、その生命、自由および幸福追求を守ろう」。

この提言も極めて適切である。「専守防衛に戻せ」というと、「憲法の平和主義は専守防衛を認めているのか」という議論も出るかもしれない。ただ、岸田自公政権の軍事政策、アメリカの雑誌TIMEが正確に指摘したように、日本を「真の軍事大国」にするものである。「専守防衛は認められない」などという議論でなく、「外国で戦争できる国から日本防衛のための組織」に自衛隊を戻すこと、世界中での自衛隊の武力行使を可能にする「安保法制」を廃止し、自衛隊を「専守防衛」の組織に戻す議論が優先される必要がある。

(2)「基本的な考え方」の課題

「基本的な考え方」は正確な認識論を提示し、「真の軍事大国化」の解消にむけ、適切な基本方針を提示している。ただ、課題もある。ここでは2つの課題を指摘する。

まず「発信力」である。「基本的な考え方」の主張は極めて適切である。ただ、内容が適切だとしても、社会に十分に発信されなければ人々に浸透しない。「基本的な考え方」が指摘するように、岸田自公政権などはロシアや中国の脅威を挙げ、軍事拡大政策をすすめてきた。ロシアや中国の脅威は多くの市民にも浸透したことが軍事拡大政策に批判が大きくならない一因である。「基本的な考え方」の提言を進展させるためには、その内容を多くの市民に浸透させる必要がある。とくに若い人たちへ周知させるためには、SNSでの有効な発信が必須である。

第2の課題は内容に関わる。「基本的な考え方」は「自衛隊のあり方と自衛権の範囲をふたたび憲法の統制を受けた個別的自衛権に限る『専守防衛』に戻し」と提言する。「基本的な考え方」をさらに発展させるための最重要な課題、それは「自衛隊をどうするか」という課題である。「世界中で戦争できる自衛隊」にされつつある自衛隊を「国民を守る自衛隊」にどう戻すか、その具体的内容が提示されることも必須の課題となる。

 

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現況における安全保障政策についての市民連合の基本的な考え方(2023年5月)

飯島滋明(名古屋学院大学教授/憲法学・平和学)