コラム

ウクライナ戦争をどう終わらせるか
~終戦の課題と日本の役割(2023.5.7)

「ウクライナ戦争をどう終わらせるか」について

私は、ウクライナ戦争から勃発してから一年たった2023年2月21日に、「ウクライナ戦争をどう終わらせるか~和平調停の限界と可能性」(岩波新書)を出版する機会に恵まれた。

これまで、アフガニスタン、南スーダン、シリア、イエメン、イラク、東ティモールなどの、和平調停や平和構築に関する現地調査や研究をしてきた経験や、2022年8月から9月にかけて、サウジアラビア、トルコ、(ウクライナの隣国である)モルドバなどで現地調査した内容をまとめたものである。https://daisaku-higashi.com/ukraine/

ロシアのウクライナ侵攻という未曽有の事態は、常に核兵器の使用を伴った世界大戦に発展する可能性があり、その意味では、第二次世界大戦以後、最大の危機に人類は直面している。それを終わらせるために果たして何が鍵となるのか。日本がこの事態を受けて果たせる役割は何か。未曽有の事態だけに、もちろん様々な意見や見解があることは当然であるが、私なりの考えを整理して提示することで、この問題の解決に向けた議論のたたき台になってくれたらという思いで本を書いた。

 

「軍事作戦だけ」ではこの戦争は終わらない

この稿を書いている2023年5月6日現在、ロシアとウクライナ双方が軍事的作戦をエスカレートさせようとし、ウクライナの反転攻勢の時期や作戦がメディアでも盛んに報じられている。そんな中で、この戦争は何年も、もしかしたら十数年もかかるかも知れないという分析も数多くなされ、ウクライナのゼレンスキー大統領自身もそんな見解を表明している。それもあって、「この戦争に果たして終わりがあるのか」という雰囲気が世界中を満たしている。

私がこの本で提示したかった一つの見解は、「軍事的な作戦だけで、この戦争が終わる」と考えることは、かなり非現実的なことである。まずロシアは、開戦から数週間で、ウクライナのゼレンスキー政権を倒し、傀儡政権を作ることを目指していた。これはまさにロシアが勝利する形での「軍事的決着」と言える。しかしこの一年間の戦闘で分かったように、このようにロシアが一方的に勝利する可能性は、ウクライナの懸命の防戦や西側諸国の軍事支援もあり、非常に難しいことが明らかになった。

他方で、(ここが大事なところだが)、ウクライナが「軍事的な手段だけで」この戦争を勝利することも実は極めて難しいのである。

この議論を進めるとき、まずは、「ウクライナの勝利とは何を意味するか」を明確にする必要がある。元々、ロシアの軍事侵攻が始まった昨年2月から6月くらいまで、ゼレンスキー大統領は「2月24日にロシアがウクライナに侵攻を開始した前のラインまでロシア軍を押し返せば、ウクライナの大勝利だ」と訴えていた。つまり、私が拙著で呼ぶところの「2月24日ライン」までロシア軍を撤退させれば「ウクライナの勝利」と、ゼレンスキー大統領は明示していた。またウクライナを支援する多くの西側諸国もこの考え方を共有していた。

 

ウクライナの勝利の定義は?

しかしその後、ウクライナ政府内の強硬派の意見が強まる中で、ゼレンスキー大統領とその政権は現在、①クリミア半島も含め、2014年以降失った領土の全てを軍事的に取り戻す、②プーチン大統領をはじめロシアの戦争犯罪者の処罰を行う、③ロシアに損害の賠償(戦時賠償)をさせる、と主張しており、これが現在のウクライナの勝利の定義になっている。

私は、今回の戦争は、基本的にロシアに一方的に非があると考えており、もし上の三つをロシアが合意するのであれば、そのこと事態に反対はない。ただ問題は、上の三条件をプーチン大統領やロシア政府が政治的に受け入れる可能性が殆どない、という現実である。

「ロシア軍を、クリミア半島も含め2014年前の領土から全て追い出せば、ウクライナの勝利だ」という見解もよく聞かれるが、このことは、見通しとして私は甘いと考えている。なぜならば、仮にいったん、ロシア軍がウクライナ全領土から軍事的に追いだされたとしても、ロシア側に戦意と武器を購入したり製造したりする能力が残されている限り、再びウクライナ側に攻め込んだり、ウクライナ本土に空爆を行うことは、限りなく続行できるからである。

それを終わらせるためには、どこかでロシアと和平交渉をして、政治的な合意をし、この戦争を正式に終結させなければならない。もちろん、一定のラインで両者が実質上の停戦状態に入り、「凍結された紛争」になる可能性はある。しかし、2月24日よりもロシアが実効支配地域を増やした状況が続いている場合、ウクライナ側の抵抗や戦闘は一時期下火になることはあっても、武器や人員がそろえば再び激しくなることは間違いなく、この場合、極めて長期にわたってこの戦争が続いていくと私は考えている。

では、ウクライナ側が軍事的な手段だけで、先に紹介した三つの目標①全領土の回復、②プーチン大統領を含めたロシア政府の戦争犯罪者の処罰、③ロシアによる戦時賠償、を勝ち取ることはできるのか?理論的には、全く可能性がないとはいえない。しかしその場合、第二次世界大戦で、米国など連合国側が、日本やドイツに対して勝ち取ったように、ウクライナが首都モスクワまで攻め込んで、「無条件降伏」をロシアから勝ち取る必要がある。果たして、6000発の核兵器を保有するロシアに対して、「無条件降伏」をウクライナが勝ち取ることができるのか?

私は、現実的には難しいと考えている。またそのような攻勢をウクライナ側が仕掛けた場合、まさにロシアが「祖国防衛のため」という理由で核兵器による反撃に出る可能性は十分ある。それに対して、西側諸国が軍事的に応酬することになったら、一気にこの戦争は核兵器を伴う第三次世界大戦に突入してしまうのだ。私はそのようなシナリオに進むことは、この地球上に生きる一人一人の命の尊さを考えれば避けるべきだと考えているし、米国も含め西側諸国の多くも、実はそこまで突き進む覚悟はないと考えている。

 

2022年3月29日の和平交渉と今後

上のような理由で、もしウクライナによる「交渉をしない形での軍事的な完全勝利」が現実に難しいとすれば、どうやってこの戦争を終わらせたらよいのか?

拙著「ウクライナ戦争をどう終わらせるか」で強調したのは、昨年2022年3月29日に、トルコの仲介で行われたロシアとウクライナの和平交渉において、当時のウクライナ政府が提示した和平合意案である。ここでは、①2月24日ラインまでロシア軍が撤退する、②クリミア半島や、東部ドンバスで2014年以降親ロシア派が実行支配していた一部の地域については、終戦後に別途協議する、③ウクライナはNATOに加盟せず、NATOの基地も置かない、④ロシアも含めた、P5(常任安保理事国)とウクライナ、その他の主要国による新たな安全保障の枠組みを作り、ロシアとウクライナが再び戦争をしない仕組みを構築する、というものであった。

これをロシア側の和平交渉団も高く評価し、実際に、のちに米国政府高官から出た話だと、この4提案でロシアとウクライナの和平交渉団のレベルでは基本合意があったとされる。実際、当時ロシア側高官は「非常に現実的な提案がウクライナ側から提示されたので、キーウ周辺でのロシア軍の軍事作戦を劇的に縮小する」とBBCなどメディアに語っていた。その後、実際に4月初頭からキーウ周辺からロシア軍が北方に向け撤退した。しかしその後、キーウ近郊の町ブチャなどで、民間人の殺害が発覚し、イギリスの当時のジョンソン首相やバイデン大統領が、「これは戦争犯罪であり、プーチン氏の責任を問うべきだ」とツイッターやメディアで公言し、プーチン大統領が交渉そのものを中断させた。

それから一年以上、両者による和平交渉は行われていない。しかし、米国の外交評議会会長のRichard Haas 氏は、2023年4月にForeign Affairs 誌に出した論考で、「ウクライナの反転攻勢の結果が見え始める今年後半の段階で、もう一度、戦争終結に向けて交渉を始めるべきだ」と主張している。私も同じ考えであり、今後、激しい戦闘が続き双方が疲弊する中で、どこか第三国で交渉を始める機運が出てくる可能性はあり、その際、昨年3月末にウクライナとロシアが基本合意した内容が、合意に向けた一つの目安になるのではと考えている。

また、戦争犯罪については、プーチン氏がまだ大統領にいる間は、戦争終結の後に合同委員会を作り事実関係の調査を始めることなども考えられる。他方、プーチン氏が内部のクーデターなどで逮捕されたりした場合、後継政権がプーチン氏を戦争犯罪法廷に差し出す可能性はあり、それもこの問題を乗り越える一つの方法だと拙著で提示している。つまりロシア側の状況を見ながら現実的な判断をする必要があると考えている。また戦時賠償については、ロシア政府が(たとえプーチン氏の後継者であっても)受け入れることはおそらく難しく、国際的なウクライナ復興基金を作り、そこにロシアが多額の拠出をすることで、実質上の戦時賠償をしていくなども一つの案としてあり得ると拙著で述べている。

 

戦争終結に向けた日本の役割

さて、日本は、この戦争の終結に向けて何ができるだろうか?日本は、今回のウクライナ戦争においては、西側の一国としてロシアの侵攻を批判し、制裁にも参加している。またヨーロッパの戦争であることから、ウクライナとロシアの仲介役を務めることは難しいと私自身は考えている。

でも日本にしか果たせない役割はある。このように実際に戦争が続いている中で行われる和平調停においては、紛争当事者の対話の仲介をする国や組織だけが重要なのではない。実は、紛争当事者に影響力をもった国々が、戦争の終わらせ方について基本的な考えを共有し、それぞれ影響力を持つ紛争当事者に働きかけることが極めて重要である(拙著、「内戦と和平」参照)。

今回の紛争でいえば、ウクライナに対する圧倒的な影響力を持っているのは、膨大な軍事支援をしている米国である。実際、米国の軍事支援がなくなればウクライナは戦争継続が難しく、その意味では米国の提案を無視することはできない現実がある。他方、ロシアに対して最大の影響力を持っているのは、ロシアの石油やガスを買い続け、政治的にも近い中国であろう。

日本はその意味で、昨年3月末に交渉団レベルでは合意した和平合意案などを基礎に戦争を終結させるという基本的な考え方について、米国や中国と対話を続け、粘り強く働きかけていくことができる。

さらにロシアや中国は、発展途上国や新興国など第三世界(最近「グローバル・サウスとも言われる」)の動向や意見については、比較的敏感である。こうした中東やアフリカ、中南米など、いわゆる第三世界において、日本はこれまで真面目に開発・人道支援を続け、「経済大国になっても軍事大国にならず、第三世界を誠実に支援する平和国家」として極めて大きな信頼と評価を得てきた。

この信頼と評価を活かし、少なくとも「大国が他の国に勝手に攻め込んで領土を増やしたりする」ことは許されないという、第二次世界大戦後に培われてきた最低限の国際ルールをロシアにも守るよう、世界全体で働きかける機運を作っていることは、実は、G7の中で日本が一番できる役割だと私は確信している。G7の他の国々は欧米の国々であり、やはり植民地支配への不信感などが、第三世界では根強く残っている。

その意味で今年G7の議長国である日本は、米国を始め他のG7の国々に対して、内々にでも現実的にこの戦争を終わらせる方法について議論を開始して、終戦に向けた考え方をまとめていきつつ、広く中東やアフリカ、中南米の国々と連携して、まずはロシア軍が2月24日ラインまで撤退することで、この戦争を終結させていく機運を高めていくことができるはずだ。

これまで米国が軍事介入したベトナム戦争も、ソ連によるアフガン侵攻も、米国によるアフガンへの軍事介入も、最終的には大国が小国から撤退することで終結した。「民族自決」や「反植民地主義」という規範が極めて強くなった第二次世界大戦以降、大国が小国に侵攻し、勝手に併合したり、傀儡政権を作ったり、領土を増やしたりすることは極めて難しくなっている。その意味では、ロシア軍がまずは2月24日ラインまで撤退し、そのうえで戦闘を停止させ、それ以外の領土問題などは交渉で決着させていくという世界全体の機運を作っていくことが、日本がこの戦争の終結に向けてできる最大の貢献だと考えている。

 

グローバル・ファシリテーターとして

さらに、ロシアがウクライナに侵攻したからといって、地球温暖化が止まったわけでも、それによる世界的干ばつがなくなったわけでも、感染症が減ったわけでも、地域紛争が解決されたわけでもない。むしろウクライナ戦争による食料価格や燃料価格の高騰などで、一つの国では解決できない「グローバル課題」は一層、深刻さを増している。欧米の国々が、ウクライナ戦争に圧倒的な関心と外交資源を向けざるを得ない中で、中東やアフリカなどにおけるグローバル課題の解決に、日本がこれまでの支援の実績を活かし、より一層の貢献をすることが、現地の政府や人々からも感謝され、また西側諸国からも感謝される、日本らしい「ウクライナ戦争勃発後の世界」における生き方だと私は考えている。そのようなグローバル課題の解決に向け着実に現場で支援を実施しながら、様々な国や国際機関、NGO、専門家などが集い、議論を交わし、共に解決を模索していくような対話のプロセスを促進する役割、私が「グローバル・ファシリテーター」と呼ぶ役割を、これから日本が自らの国家戦略として目指すことが肝要だと考えている。

地球温暖化、世界的干ばつ、感染症、地域紛争などのグローバルな課題の解決のために、現場における支援を維持拡大しながら、世界全体の対話を促進する「グローバル・ファシリテーター」としても主導的な役割を果たし、世界中で「日本の味方を増やす外交」を促進すること。それこそが、実は日本の安全を守ることにも繋がると私は考えており、本書でもその点を強調している。

東 大作(上智大学教授)