コラム

変わる「南西シフト」と沖縄の負担増 【2023.4】

政府が2022年末に閣議決定した新たな安全保障関連3文書は、策定に携わった自民党国防族議員が「沖縄文書」と表現するほど、沖縄をはじめとする南西諸島での防衛体制強化に関する記述がふんだんに盛り込まれている。
例えば、沖縄県内に駐屯する陸上自衛隊第15旅団について、地上での戦闘を行う主要部隊の普通科連隊を一つから二つに増やして師団化する。南西諸島での補給拠点整備や弾薬庫の分散配置、輸送能力の強化も記した。陸自は沖縄の15旅団を除く全国の師団・旅団を「機動運用」することにし、担当地域を離れて南西諸島に展開できる体制をつくった。
台湾有事となった場合の日米の一大拠点にしたい考えだ。政府の計画通りに進めば、訓練や施設の使用が激しくなり、南西諸島で暮らす住民の負担は増す。有事となった場合に相手から狙われる危険性も高まることになる。
 
戦える自衛隊に 
防衛省はこれまでも「南西シフト(重視)」の方針で部隊配備を進めてきた。16年に与那国町で沿岸監視隊が発足したのを皮切りに、19年に宮古島、鹿児島県奄美大島、23年3月には石垣島で陸自駐屯地を新設した。新たに部隊が進出することは、有事に標的となる可能性を生じさせ、平時の地域のあり方を変える。また、いったん駐屯地ができてしまえば、政府にとっては駐屯地内での増強が容易となる。実際、沿岸監視隊が配備された与那国島では当初、話の出ていなかった地対空ミサイル部隊の配備計画が浮上した。ミサイル部隊が追加配備された場合、駐屯地の機能は様変わりすることになる。
これまでの「南西シフト」は部隊が配備されていない島々に駐屯地を造っていく「平面的な防衛力整備」だった。新たな安保3文書を受け、防衛省は今後、整備した各拠点を中心として中身を充実させていく「立体的な防衛力整備」へ入っていく。
安保3文書に基づいて政府が目指すのは「本当に戦える自衛隊」だ。例えば、長く戦い続ける能力(継戦能力)を向上させるため、弾薬庫を島々に分散して配置し、陸自の補給処を沖縄本島に設けることを予定している。現在は九州にしか補給処がなく、物品や弾薬を補充するために九州と行き来する必要がある。沖縄本島に補給拠点を整備すれば、南西地域で完結して戦い続けることができる。那覇駐屯地や石垣駐屯地の重要施設を地下化する措置も、実際に戦争となった時に攻撃を受けても被害を可能な限り減らす狙いがある。自衛隊の那覇病院は一部を地下化した上で、有事に増床できる仕組みも取り入れる見込みだ。
防衛省は中国との長期戦を想定している。「本当に戦う」ということは、その地域が攻撃を受けることも意味する。住民がそのまま島にとどまれば巻き込まれる可能性が高い。政府は島外避難やシェルター設置を検討するが、具体化しておらず、後手に回っている。現実的な住民保護策は見出せないまま、自衛隊の強化だけが先行している。

あいまいになる軍事と非軍事 
安保3文書の通りに防衛政策が進めば、待ち受けるのは軍事と非軍事があいまいな社会だ。安保3文書では自衛隊の民間空港・港湾利用を拡大する方針が盛り込まれた。その後、日米両政府は米軍も含めた民間空港・港湾の「柔軟な使用」を進めることで一致した。自衛隊などが使用することと引き換えに、空港や港湾を整備・拡張する予算を確保する仕組みを作っている。同様の仕組みは、研究開発やサイバー、国際協力の分野にも導入される。
防衛省は自衛隊施設のない場所での訓練も重視している。有事にどこでも戦えるようにするためだ。22年11月に実施された日米共同統合演習「キーン・ソード23」で、自衛隊は防衛関連施設がない鹿児島県の徳之島で民間の海岸や体育館、陸上競技場を使って訓練を展開した。非軍事組織の海上保安庁についても、有事に防衛省の統制下に入ることが定められ、政府は23年3月、その具体的な要領を決定した。
軍事の要素が民間に染み出て境目がなくなれば、社会が戦争に向かう時にブレーキを掛ける力が弱まりかねない。政府が進めようとしている計画の本質を国民が見極め、危機感を共有する必要がある。

米軍との一体化 
自衛隊と米軍は軍事的な一体化を深めており、もともと過重な基地負担を負う沖縄県内で米軍の行動がさらに活発化する恐れがある。自衛隊施設のみの島でも米軍の訓練頻度が高まる可能性がある。
23年1月12日に開かれた日米外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、米国はキャンプ・ハンセン(金武町など)に駐留する部隊を25年までに「第12海兵沿岸連隊」に改編することが正式に決まった。海兵沿岸連隊(MLR)は、海兵隊が離島などに攻撃や補給の拠点を設けて戦う最新の構想「遠征前方基地作戦(EABO)」の中核をなす部隊だ。配備される兵器が高機動ロケット砲システム「ハイマース」から対艦ミサイルに替わる。同じく対艦ミサイルを扱う宮古島や奄美大島、石垣島の陸自部隊との一体的な運用を見込んでいる。吉田圭秀陸上幕僚長(当時)は1月の記者会見で「南西諸島における島しょの戦力は、自衛隊の方が一歩先につくり上げてきた。米軍が近づいてきてくれるのは相互運用に有効だ」と胸を張った。
防衛省によると、海兵隊のMLRが使うミサイル発射機は最新型の「NMESIS(海軍・海兵隊遠征対艦阻止システム)」となる予定だ。無人化した車両に短距離ミサイルを搭載し、兵士が離れた位置から操作する。島々を移動して戦うEABOに合わせ、運びやすいよう運転席をなくし小型化した。相手の攻撃を受ける可能性のある脅威圏内で損耗しながら戦い続けることを想定しているためだ。在沖米軍トップのジェームズ・ビアマン四軍調整官はMLRへの改編について声明を出し「味方の他部隊のために時間と空間を稼ぐことが重要だ」と強調した。自衛隊が中国との長期戦を想定し、施設の強度や継戦能力を高めようとしているのと重なる。

沖縄の負担を当然視 
日米が一体化して南西重視の傾向を強めることで沖縄の負担増加が予想される。ところが、エマニュエル駐日米大使は3月、本紙などの取材に、日米同盟の強化によって沖縄の基地負担が増加している点について「自由で開かれたインド太平洋を守るための責任だ。負担ではない」と持論を展開した。
この発言については複数の報道機関が取材していたが、私が知る限り、報じたのは琉球新報だけだった。日米両政府だけでなく、国民の間でも中国の脅威や厳しい安全保障環境を理由に沖縄の負担を当然視する考え方が浸透しているため、エマニュエル大使の発言に「驚き」を覚えなかったのではないかと懸念している。安全保障上の脅威と向き合うと言うなら、沖縄の過重な基地負担にも向き合うべきだ。 

 

明真南斗(あきら・まなと)
沖縄県那覇市出身、1991年生まれ。早稲田大卒業後、2014年から琉球新報記者。普天間飛行場を抱える宜野湾市の取材や基地問題全般を担当。22年4月から東京支社報道グループで防衛省を担当し、安全保障関連3文書の改定や日米の「南西シフト」などを取材している。