コラム

日本学術会議を政府の御用機関にしてはならない
-岸田政権の日本学術会議法改正の狙い- 【2023.3】

  1. 岸田政権は、いま、日本学術会議法改正案を国会に提出する準備をしています。これに対して、2月14日には日本学術会議の歴代会長5名が「岸田文雄首相に対し日本学術会議の自主性および独立性の尊重と擁護を求める声明」を、さらに2月19日にノーベル賞受賞者8名が「日本学術会議法改正につき熟考を求めます」という声明を発表しました。こうした形の声明がだされるのは異例のことで、これは、政府の準備する改正法案の中身が科学者の目からみると、いかに無茶苦茶なものであるかを示しています。政府の方針がだされた12月以降、すでに多数の学会や関連団体が反対と批判の声明を公表しています。学者だけでなく、2月28日には日本弁護士連合会会長が「政府の『日本学術会議の在り方についての方針』に反対する声明」を発表しました。
  2. 当事者である日本学術会議自身は、2022年12月に政府の方針が示され、日本学術会議に対して説明が行われたのに対して、繰り返し内容について疑念と懸念を表明しています。法案を所管する内閣府の説明は、会員総会(12月8日)および執行機関である幹事会(2023年2月16日)において行われていますが、日本学術会議の疑念と懸念に応えず、一層不信感が広がっています。2月22日に学術会議執行部が作成した「2月16日臨時幹事会における内閣府からの『検討状況』説明についての懸念事項」が公表されていますが、懸念事項があらためて詳しく述べられるとともに、内閣府(政府)が学術会議の懸念に応えず、対話が成立していないなかでは国会への法案提出を断念し、より広い検討の場を設けるべきことを指摘し、文書の末尾は「現在のような法改正が強行されるならば、それは日本の学術の『終わりの始まり』となりかねないことを強く憂慮する」で結ばれています。科学者組織としてこれ以上強い抗議の表現はないでしょう。
  3. それでは、政府はなにを変えようとしているのか。なぜ、反対がこれほど強烈なのかです。その理由は、政府が現行の日本学術会議法の根本のあり方を変えようとしているからです。日本学術会議は、1948年制定の日本学術会議法によって創設され、70年を超える歴史をもつ科学者組織です。その役割は、学術(諸科学と技術の総体)の見地から独立に社会と政府に助言を行うことであり、日本のすべての科学者(現在90万人程度)の代表機関として全分野から選ばれる210名の科学者によって構成されています。現行法は、日本学術会議の基本原理として、国の機関として国費で運営する(国費による運営)、日本の科学者を内外に代表する(代表性)、職務を独立に行う(独立性)および会員選考を自主的に行う(自主性)を規定し、保障しています。ところが、政府は、日本学術会議の活動が政府の意向にそって行われること、そのために会員選考に政府の意向が反映する制度をつくることを企図しています。つまり、日本学術会議の独立性および自主性を奪うことが法改正の狙いです。
  4. では、具体的にどのような改正を行うとしているかを見ます。政府(内閣府「日本学術会議の在り方についての方針(2022年12月6日)」、「日本学術会議の在り方について(具体化検討案)(2022年12月21日)」、および「日本学術会議法の見直しについての検討状況(2023年2月16日)」の文書および説明による)は、第1に、日本学術会議の活動が政府と「問題意識や時間軸を共有」することを執拗に求め、「中期的な事業運営方針(6年)」を作成し、これによる運営の評価・検証の制度を導入することを予定します。日本学術会議の活動は、70年以上自主的に行われ、国際的な多数の科学者組織、国内の2000以上の学協会と協力しながら、その時代の社会的要請と学術の発展に基づいて必要な課題を設定し、審議検討し、提言をまとめることを仕事にします。政府から特定の仕事を任され、事業計画をたててそれに対し予算をもらい、決算と同時に活動評価をおこなう、といういわゆる独立行政法人とはまったく性格の異なる活動を行っています。事業運営方針の作成とそれに基づく評価・検証という制度は、日本学術会議の活動を政府のコントロールの下に置くという企図を示しています。
  5. 第2に、政府は、会員選考について、第三者によって構成される委員会(選考諮問委員会と仮称)を設置し、委員会が選考過程全体に意見を述べ、その意見を日本学術会議が尊重しなければならないことを予定します。「第三者」は、日本学術会議会員および同連携会員(日本学術会議会長によって任命され会員に協力して活動する。会員選考と同様の手続きで選考される)以外のもので「広い経験と高い識見を有するもの」により構成されるとされており、科学者以外のメンバーが想定されています。この委員会のメンバーをどのように決定するか政府は明らかにしていませんが、政府に都合のよい有識者が選ばれることになるでしょう。現行法では、会員は、日本学術会議に設置された選考委員会が会員・連携会員から複数名の対象者の推薦をうけ、また学協会などから対象者情報を得て相当数の科学者を審査し、会員候補者を絞り込みます。選考基準はもっぱら学術上の基準で「優れた研究又は業績のある科学者」とされています。最終的に会員総会で決定された会員候補者名簿が内閣総理大臣(以下、首相)に提出され、これに基づいて首相は任命することとされています。日本学術会議の自主性を尊重するため、この任命は形式的なものと取り扱われてきました。実際に、学術上の基準にしたがって首相が実質的な判断ができるはずもありません。これに反して行われたのが、2020年菅義偉首相による会員候補者6名の任命拒否でした。
  6. こうしてみると、政府が第三者の選考諮問委員会に期待している役割は、明確です。この委員会は、科学者の総意として日本学術会議が選んだ候補者に対して、クレームをつける権限をもつことになるのです。これは、実は、菅前首相がやったのと同じことです。これを今度は法律で制度をつくり正面からできるようにする、ということに他なりません。かりにこの制度の下で、日本学術会議が抵抗して、クレームをつけられた会員候補者をそのまま首相に推薦すれば、首相がこの候補者に委員会がクレームをつけたという理由で合法的に任命拒否できます。こうして菅前首相の前代未聞とされた任命拒否が、法制度化され、正当化され、通常のことになるわけです。
  7. 今回の政府による日本学術会議法改正は、以上のように、活動のあり方と会員人事の両方から日本の科学者の代表機関たる日本学術会議を政府の政策に同調し、政府の政策に役立つ活動をする科学者組織、いわば政府の御用機関に作り替えることを狙いとしています。日本学術会議が堅持してきた「軍事研究反対」の基本的立場も安保政策大転換の下、当然変えてもらう、ということです。日本学術会議のカウンターパートである先進諸国のナショナル・アカデミーにとって、運営の独立性、メンバー選考の自主性は当然の原則です。政府の狙う法改正は、国際的常識に反します。そしてなにより真理探究を唯一の目的とする学術の見地から、独立に、政府と社会に対して助言を行うという日本学術会議の創設以来の国民に対する使命を失わせることになります。市民のみなさんにぜひとも日本学術会議法改正に批判と反対の声を大きく上げていただきたいと思います。政府は、3月中にも法案を国会に提出するとしています。

    広渡清吾(東京大学名誉教授)