コラム

レポート2030:
脱炭素と脱原発の両立をめざす
日本版グリーンニューディール 【2023.1】

今、干ばつや洪水などの異常気象によって多くの人の命が失われている。特に、干ばつが続く東部アフリカ3ヵ国(エチオピア、ソマリア、ケニア)は深刻で、現地に入っているNGOは、「48秒に一人が飢餓で死亡」と報告している。このような異常気象は世界の多くの地域で見られ、飢餓と大量の避難民を発生させることで、様々な紛争にも結びついている。

気候変動は安全保障問題に関わる気候危機という言葉で語られるようになった。その大きな理由は、前述したような世界の状況にある。このような状況をなんとか変えるために、スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリのアクションから生まれた「未来のための金曜日(Fridays for Future)」や米国の若者を中心とした環境NGOである「サンライズ・ムーブメント(Sunrise Movement)」など、世界中の若者が政府の気候変動対策の遅れに対する異議申し立てのアクションを行うようになっている。

また、世界はコロナからの早急な回復をめざしている。そして、少なからぬ人が、ただ単純に昔に戻るのではなく、昔より良い社会を作ろうと考えている。その一つのキーワードが、再生可能エネルギー(以下、再エネ)と省エネを進めるエネルギー転換によるグリーン・リカバリー(緑の回復)およびグリーン・ニューディールだ。

このグリーン・リカバリーという言葉は、2020年4月頃から、欧米の研究者や国際機関が使い始めた。彼らの念頭にあったのは、2009年のリーマン・ショックの際のブラウン・リカバリーである。すなわち、2009年に世界の温室効果ガス排出は1%減少したにもかかわらず、2010年は4.5%増加し、その後の5年間平均は年2.4%増加であった。つまり景気回復策によって温室効果ガス排出はリバウンドしてしまった。

したがって、雇用創出や景気回復を達成しつつ、温室効果ガス排出のリバウンドも防ぎ、再エネと省エネを中心として、気候変動やパンデミックのような危機に対して強靭性(レジリエンス)を持つ社会も作るというのがグリーン・リカバリーあるいはグリーン・ニューディールの狙いである(本稿では、両者を同じ意味で用い、以下ではグリーン・ニューディールと略称する)。

しかし、現在の日本政府の気候変動政策やエネルギー政策は旧態依然であり、これまでの同じく化石燃料および原発に依存したエネルギーシステムを維持するものだ。2022年後半からの政府によるGX実行会議は、原発新増設や運転期間延長など、東日本大震災前のエネルギー政策への回帰をより鮮明にしている。

筆者が関わる研究グループである未来のためのエネルギー転換研究グループは、2021年に「レポート2030:グリーン・リカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する2030年までのロードマップ」(以下ではレポート2030)を発表した。このレポート2030の中のエネルギーシナリオであるGR戦略の特徴は、2030年に石炭火力ゼロと原発ゼロを想定していることである。それでも、電気代の上昇や電力需給は問題なく、下記のような投資額、その投資による雇用創出やエネルギー支出削減額などを定量的に示している。

投資額:2030年までに累積約202兆円(民間約151兆円、公的資金約51兆円)、2050年までに累積約340兆円

エネルギー支出削減額:2030年までに累積約358兆円(2050年までに累積約500兆円)

雇用創出数:2030 年までに約2544万人年(年間約254万人の雇用が10年間維持)

GDP効果:2030年までに累積205兆円(政府予測GDPに対する増加額)

大気汚染による死亡の回避:2030年までにPM2.5曝露による2920人の死亡を回避

このレポート2030の推定では、エネルギー転換で影響を受ける方の現在の雇用数は約20万人である。一方、新規雇用の方は投資額から産業連関表で計算すると2030 年までに年間約254万人の雇用が10年間維持される。また、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、2019年の日本での再エネ産業従業者数は約27万人としている。もちろん、現在の雇用数と将来の推算値とを単純に比較するのは問題であるという議論は可能である。しかし、このような数字によって、エネルギー転換が雇用面でどのような影響を与えるかのイメージや規模感を掴むことは可能だと思われる。

日本では、再エネ・省エネを中心とするエネルギー転換のメリットを、より具体的に明らかにしないと気候変動対策がなかなか前に進まない。ゆえに、私たちの研究グループでは、日本全体のグリーン・ニューディール案を、政府案に対する具体的な代替案として提出した。その結果、多くのNGOや政治団体が私たちのグリーン・ニューディール案を自らのエネルギー・温暖化政策に取り入れてくれている。

今後は、1)県や市町村レベルでのグリーン・ニューディール案を多く作成する、2)化石燃料価格高騰などの最新の状況を考慮して数値などをアップデートする、などを計画しており、このような努力によって日本におけるエネルギーや温暖化政策の議論に貢献できれば幸いである。

 

参考文献

・未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021)「レポート2030:グリーン・リカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する2030年までのロードマップ」2021年2月25日.

https://green-recovery-japan.org/

明日香壽川(東北大学東北アジア研究センター・同大学環境科学研究科教授)