コラム

安保法制違憲訴訟の闘いは続く− 憲法を軽んじる国に未来はない −/古川健三弁護士(安保法制違憲訴訟・東京弁護団事務局長)【2022.7】

2016年4月から、安保法制が違憲であり、その制定やそれに基づいて実施されている米艦等防護行為などの戦争準備行為が市民の人権を脅かしていることについて国家賠償などを求める、安保法制違憲訴訟が日本全国で闘われている。

古川健三弁護士(弁護士法人りべるて・えがりて法律事務所)

2022年5月24日には、東京高等裁判所で、東京安保法制違憲訴訟(国家賠償請求)に対する控訴審判決が言い渡されたが、その内容は全く驚くべき内容であった。東京高等裁判所第2民事部(渡部勇次裁判長)は、判決の中で、憲法解釈を変更して立法するか、憲法改正を発議するかは「国会の専権」に委ねられている、とまで述べたのである。国会の定める法律の憲法適合性を決定すべきは裁判所であるはずであり、裁判所が違憲立法審査権を行使してこそ、内閣、国会の暴走が食い止められる。東京高裁は、憲法秩序を守るべき裁判所の職責を忘れてしまったのだろうか。東京高裁判決は、到底受け入れ難いものであった。

2016年3月の安保法制施行以後、自衛隊と米軍の一体化はさらに強固になっており、自衛隊と米軍の共同訓練は常態化している。2022年1月の日米2+2では中国を名指しして中国の行動に対する「強い反対」を表明し、日米が共同でコミットすることが確認された。この2022年2+2共同発表に基づいて年末にも改定予定の防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画には、敵基地攻撃能力の獲得と軍事予算の倍増が盛り込まれようとしている。

安保法制施行後、2017年頃のいわゆる北朝鮮ミサイル危機では、Jアラートのけたたましい音や避難訓練が市民の恐怖を煽る一方で、自衛隊幹部は現実に米軍との共同行動について相当程度具体的な検討を進めていたと言われている。最近では、2022年2+2と相前後して、「台湾有事」は日本にとって「存立危機事態」となり得、その場合は安保法制に基づく集団的自衛権の発動もあり得ると喧伝されている。日本列島、とりわけ南西諸島は、米軍戦略上の対中国前線基地として位置づけられた。

近隣諸国との非宥和的で挑発的な行動は自ずと相手国の反発を招き、やがて破滅的な結果を招く。それは2022年2月に始まったウクライナ紛争がよく示している。勃発以来、いつ終わるとも知れない軍事行動はウクライナ、ロシア双方に甚大な被害をもたらしている。その余波は当事国にとどまらず全世界に広がっている。戦争には敗者があるのみである。

安保法制施行後、日本が紛争当事国となる可能性は飛躍的に高まった。南スーダンに派遣された自衛隊が銃弾の飛び交う宿営地から命からがら撤退したのは、2017年春のことであった。一触即発の危機を孕む米艦等防護措置も年間20件以上繰り返されており、しかもその実態は公開されていない。

安保法制がもたらした戦争の脅威は、上記の通り極めて現実的かつ具体的なものである。それにもかかわらず、残念ながらどの裁判所も権利侵害を認めず、憲法判断にも立ち入ろうとしない。総じて憲法判断に踏み込まず、憲法に関する論点を避けようとする裁判官の姿勢は、極めて残念なものと言わざるを得ない。

唯一、横浜地方裁判所が2022年3月17日に言い渡した判決では「存立危機事態」として想定される事態の範囲などが規定の文言のみから直ちに明らかとはいえず、想定される事態等についての国民の理解ないし共通認識が不十分なまま集団的自衛権の行使等が行われることは望ましくない、との趣旨の付言が付され、集団的自衛権発動要件が曖昧であることの問題性が指摘された。

肝心の裁判所が憲法判断を避けていては、憲法を解釈し適用するのは裁判所ではなく行政府、ということになってしまう。それでは法による行政など絵に描いた餅になってしまうし、人権の保障は期待できない。憲法改正の是非について議論をするより前に、まずは司法が憲法、法律の守護者としてきちんと機能するようにすることが先決である。そうでなければ、どんなに立派な憲法、法律もただの空手形に過ぎなくなってしまう。

自民党憲法改正草案( https://constitution.jimin.jp/document/draft/ )は、あからさまに人権の保障を縮小しようとしている。草案の第13条では「(国民は)自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とされている。そして草案9条の2には「国防軍」に関する定めが置かれており、この内容が現実化すれば国民の自由・権利は「国防」に対して劣後することとなる。これほど前時代的で国家主義的な「憲法」が「理想」だという人々に、憲法の改正を委ねることは絶対にできない。

立憲主義の要は、権力に対しても人民に対すると同じように法(憲法)が適用され、違法(違憲)の行為は誰であっても許されない、ということである。戦争が違法であることは古くから国際社会で確立された規範である。したがって戦争は違法であり許されない。憲法9条は決して敗戦国として押し付けられたものではなく、パリ不戦条約の精神を受け継ぐものであり、不戦の精神は、平和への権利として国際社会で承認されている。

安保法制違憲訴訟山梨訴訟では、控訴審で長谷部恭男氏が証人として採用され、来る10月3日に東京高等裁判所で長谷部氏の証言が行われる予定である。長谷部氏は、その著書の中で、戦争とは国の憲法原理への攻撃であり、憲法原理を安易に捨て去ることは道理が立たないと述べている(長谷部恭男「戦争と法」文藝春秋社2020年)。明文と従前の政府解釈に明らかに反するのに閣議決定一つで憲法解釈を捻じ曲げたり、改正しなければならない理由も根拠事実もないのに憲法を闇雲に変えようとしたりするのでは憲法原理も何もあったものではない。憲法を軽んじる国に未来はない。私たち安保法制違憲訴訟原告団・弁護団は、引き続き平和と憲法を守る闘いを続ける所存である。

(古川健三弁護士・プロフィール)

1965年青森県生まれ。1995年弁護士登録(東京弁護士会)。

弁護士法人りべるて・えがりて法律事務所所属。

環境・平和問題をテーマとする集団訴訟に取り組んでいる。

安保法制違憲訴訟・東京弁護団(事務局長)。