コラム

崔江以子さんのネットヘイト民事裁判/師岡 康子(弁護士)

2013年以降川崎市ではヘイトスピーチを伴うデモが繰り返されていたが、2015年11月には「日本浄化デモ」と題し、在日コリアンの集住地区である川崎区桜本を標的にするヘイトデモが行われた。桜本にある「川崎市ふれあい館」職員の崔江以子さんは、家族や他の住民たちと共にヘイトデモに現場で抗議した。

師岡康子弁護士

2016年1月末には「日本浄化デモ」第2弾が行われ、市民は「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」を結成した。同年3月22日には崔さんは参議院法務委員会での参考人陳述を行い、同月末には法務委員会所属の国会議員10人が桜本を訪問し、5月24日の「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法)成立につながった。

崔さんが、氏名、職場、家族までも明らかにして差別の具体的被害を訴えたことが国会まで動かしたが、それによりネット上で大量の匿名者からの攻撃にさらされることとなった。

ネットリンチのターゲットに

ネット上の攻撃は崔さんが報道される度に増え続け、多いときには崔さんの名前で検索すると2000万件もヒットするようになった。なかでも執拗に繰り返し匿名で攻撃し続けるアカウントが何件もあり、その一つが本件被告の「ハゲタカ鷲津政彦」であった。ハゲタカは2016年6月14日には「【川崎デモ】崔江以子、お前何様のつもりだ!!」とのタイトルのブログで、「日本国に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」という名指しで露骨な差別書き込みを行った。

そこで崔さんが9月に法務局に人権侵犯被害申告を行い、削除要請をしたところ、法務局は速やかにブログの運営者であるサイバーエージェントに同日のブログの削除要請を行い、同社も即日削除した。ところがハゲタカはそれにより崔さんを逆恨みし、以後ずっとブログとツイッターで2016年6月から足掛け5年、70件以上も崔さんを攻撃し続ける書き込みを続けた。2020年10月には「相変わらず被害者ヅラをした『差別の当り屋』、在日朝鮮人のC!」と題する憎悪と差別をむき出しにした投稿を行った。

崔さんはネット外でも、勤務先への匿名の脅迫状や脅迫物、脅迫電話を受け続け、いつ誰に襲われるかわからないとの恐怖の中での生活を強いられており、「ハゲタカ」がネット外でも攻撃している可能性も十分あることから、裁判により身元を特定することを決意した。同年12月、サイバーエージェントに対し発信者情報開示仮処分申立を行い、翌年3月にはそれにより特定したアクセスプロバイダのNTTコミュニケーションズに対し発信者情報開示請求訴訟を提起した。裁判に勝訴してようなく本人を特定した。

その上で昨年11月、合計305万円の損害賠償を求める裁判を提起した。特に今回の訴訟で求めているのは「祖国へ帰れ」という、ヘイトスピーチ解消法の定義にあたる言動について、単なる侮辱ではなく、差別であるが故に人格権を侵害し違法であるとの認定である。ヘイトスピーチに関するこれまでのいくつかの裁判例でも、「死ね」などの脅迫表現や、人間以外のものに例える侮辱表現は「差別」として人格権侵害が認められてきたが、「祖国へ帰れ」というような排除表現の言動が差別、人格権侵害と認められた例は少ない。しかし、「祖国へ帰れ」というヘイトスピーチは、崔さんが4月21日の第1回の裁判における意見陳述で述べたように「これまで社会が築いてきた共生社会そのものを否定し、日本人以外は市民として認めないという差別排除を象徴する言葉」である。現在もこのような排除を求める言動がネット上にあふれており、それが差別であり違法であると認定されることによる抑止効果は大きい。

崔さんは「私を名指しした被告の差別投稿が拡散されていくのをもう二度と書かれる前の自分には戻ることができない、と絶望の闇に飲み込まれます。今回、私がこの裁判を起こしたのは、その絶望の闇に殺さされない為、死なない為です。ネットの差別投稿が、人の命に係わる、その命が絶たれる被害をもたらすことをみつめ、差別を決して許さない司法判断がされることを心から望みます。」とも述べた。

差別を免れるマジョリティの立場にいる私たちは、実際に差別を受けて死にも直面する苦しみを受けている人たちがいるのだから、自らが直接差別をしないだけでは見殺しにしているのと同じではないだろうか。差別のない社会を作るため、被害を受けながら勇敢に声を上げ続けている崔さんの裁判を応援してほしい。

次回の期日は6月16日10時30分に横浜地裁川崎支部で行われ、終了後は弁護団による説明会を行う予定である

【プロフィール】東京弁護士会外国人の権利に関する委員会委員、外国人人権法連絡会事務局長、人種差別撤廃NGOネットワーク共同世話人、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員、国際人権法学会理事。主著に「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書、2013年)。