コラム

今こそ、「生活保護法」を「生活保障法」に! ~市民生活にかかわる分野での「野党共通政策」で、政権交代後の社会のあり方を示してほしい/小久保哲郎(弁護士)【2022.6】

「生活保護だけは死んでも受けたくない」「生活保護以外で使える制度はありませんか?」

私たちは、コロナ禍に突入した2020年4月から2か月に1度、有志の実行委員会をつくって全国的な無料電話相談会を実施し、1万3000件以上の悲痛な声を聴いてきた(※1)。

小久保哲郎弁護士

社会福祉協議会の特例貸付など制度の利用期限が切れて、どう考えても生活保護を使うしかない状態の人たちから、冒頭紹介したような声を数えきれないほど聞いた。2008年のリーマンショック後の時よりも「生活保護に対する忌避感」が明らかに強まっているというのが、私たちの共通した感想だ。その背景には、2012年春、人気お笑いタレントの母親の生活保護利用に端を発した「生活保護バッシング」と、同年12月、政権復帰した第2次安倍政権以降の相次ぐ生活保護基準引下げなどの「生活保護敵視政策」がある。

2013年からの史上最大の生活保護基準引下げ(最大10%)に対しては、全国29地域で1000人を超える原告が訴訟(いのちのとりで裁判)を提起して闘っている(※2)。

昨年(2021年)2月の大阪地裁での勝訴判決(※3)以外は8つの裁判所で敗訴判決が相次いでいたが、2022年5月25日、熊本地裁で待望の2例目の勝訴判決が言い渡された(※4)。

大阪地裁判決は、厚生労働省が独自に作出した指数を使って物価下落を過大に考慮した点(デフレ調整)が「統計等の客観的数値等との合理的関連性」を欠くと判断した。熊本地裁判決は、これに加えて、厚生労働省が、諮問機関である生活保護基準部会の検証結果について、保護費を増やす方向の数値も含めて勝手に2分の1にした点などが「専門的知見との整合性」を欠くと、より踏み込んだ判断を示した。「生活保護基準10%削減」を政権公約とした第2次安倍政権発足間もない2013年1月、厚生労働省が、世耕弘成内閣官房副長官に対し、「取扱厳重注意」の文書を示して、生活保護基準部会に無断で上記のデフレ調整や2分の1計算を行い財政削減効果を得る旨説明したこと(※5)も判決は認定している。

いわば「行政」が「政治」に歪められたことが「司法」によって断罪されたわけだが、第2次安倍政権発足後、相次いでいる統計偽装や専門的知見の軽視は、まず生活保護の分野で始まっていたのである。

既に巷(ちまた)では、「老々介護」する妹(82)が、「税金をもらうのは他人に迷惑をかける」と考えて生活保護の利用を拒み、寝たきりの姉(84)を殺害する悲劇まで起きている(※6)。「姉を殺すこと」よりも「生活保護を利用すること」の方が恥ずかしいと思う倒錯した社会。この国は、もはやディストピア(暗黒社会)になりつつある。日本中に深く染みわたっている「生活保護への忌避感」を抜本的に払しょくするような改革を行わなければ、次々と同種の悲劇が起きても何ら不思議ではない。

日弁連(日本弁護士連合会)は、恩恵的な色彩の残る「生活保護法」を、権利性の明確な「生活保障法」へ改正することを提言している(※7)。具体的な提言内容は、①国や自治体の周知広報義務や窓口職員の教示助言義務を明記すること、②生活保護より少し上の収入の人が、教育・住宅・医療などの扶助を単独で受けられるようにすること、③ケースワーカーを増員し、専門性を確保することなどである。

実は、立憲野党のほとんどが既に同様の政策を提言していることからすれば、選挙戦でも、野党共通政策として掲げることは決して難しくないはずだ。

2021年の衆議院選挙での野党共闘そのものが誤りであったかのような意見を目にするが、決してそんなことはないだろう。むしろ問題は、政権交代した後にどのような社会を目指すのか、特に市民生活に密着した労働・教育・社会保障の分野でどのような改革をしていくのかが見えなかったこと、つまり、野党共闘が不徹底なことにこそあったと思う。

これからの選挙では、立憲野党が、特に市民生活に根差した分野で共通政策を掲げて、より深化した野党共闘をし、本気で社会を変える意気込みを見せてほしい。そのために、市民連合がさらなるご尽力をされることを心から期待している。

※1 コロナ何でも電話相談会の相談内容 http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-454.html

※2 いのちのとりで裁判の概要 https://inochinotoride.org/file/2002_aboutinochinotoride.pdf

※3 大阪地裁判決(2021.2.22)の詳細  https://inochinotoride.org/whatsnew/210223_osaka.php

※4 熊本地裁判決(2022.5.25)の詳細  https://inochinotoride.org/whatsnew/220525_kumamoto

※5 この事実は、北海道新聞の調査報道(2016年6月18日朝刊)で明らかになった

※6 朝日新聞デジタル2021年12月2日記事

※7 日弁連・生活保障法案の概要

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/190520_seikatsu_hosyo.pdf

【プロフィール】

1965年生まれ。大阪弁護士会所属。生活保護問題対策全国会議事務局長。生活保護利用者など生活困窮者の法律相談や裁判に取り組んできた。共著に「これがホントの生活保護改革 『生活保護法』から『生活保障法』へ」(明石書店)など。