コラム

国のカネを生活に回す基盤としての9条 /ジャーナリスト・和光大学名誉教授 竹信三恵子

憲法9条というと、「人を殺さないための不戦の誓い」をイメージする人が大半ではないでしょうか。これ自体は重要なことです。ただ、9条は、より卑近で日常的な役割も果たしてきました。それは、軍事費という放蕩息子を抑え込み、人々の日々の生活を支えるために国のカネを使わせる、という役割です。

戦前の日本は、日清戦争以降ほぼ10年ごとに戦争が起き、そのたびに国家予算の7割から8割が軍事費に充てられるという野放図なカネ食い虫の暴走を繰り返してきました。その果てにあったのが、第2次大戦の悲惨な大量殺傷と敗戦でした。

ジャーナリスト・竹信三恵子さん  (和光大学名誉教授)

この体験が「もう殺されたくない、殺したくもない」という思いを生み、同時に、9条によって公費の軍事費流入に歯止めをかけ、人々の暮らしの向上へとカネを流し込む経済システムが構想されました。これによる財源確保こそが、憲法13条の幸福追求権、25条の生存権、家庭内の男女平等をうたった24条、28条の労働3権などを支える基盤だったのです。

その意味で、いま人々の切実な関心事となっている介護や保育、生活保護などにとって、9条による「戦争にカネを使わない国」づくりは不可欠です。「9条とか絵空事を言っているひまがあったら明日の生活のことを考える」といった声もありますが、明日の生活のことを考えるからこそ9条が必要なのです。

そうした発想の連関が断たれる中で、「防衛費」は10年連続で増え続けています。2021年衆院選の自民党の公約でもGDP比2%の「防衛費」要求が飛び出し、2022年度には、「防衛力強化加速パッケージ」と銘打って、「防衛費」は前年の補正予算と合わせると6兆円台、GDP比1・1%超の急拡大ぶりをみせました。このような大きな出費が、「NATO並みを求める米国の意向」という程度の薄弱な根拠によって、吟味も不十分なままどんどん既成事実化されていく。この放漫ぶりこそが軍事費の真骨頂です。

「これまでにない軍拡期」に突入しようとしている今の時期に9条が失われれば、次に来るのはこれまで以上の介護・保育関係の予算の切り下げ、生活保護や失業給付などのセーフティネットの圧迫、過酷な徴税の強化でしょう。そもそも、軍事費の防波堤についての代案もないまま9条を廃棄して、私たちは、どうやって米国の軍拡要求をかわすのでしょうか。

9条が防ごうとしてきたのは戦争による死者だけではありません。公費による多様なセーフティネットによって、生活保護を受けられずに餓死していく人や、少ない配置基準で保育士の目が届かず事故死する保育園児といった死者たちを出させない役割も、担っているのです。

社会保障の財源が云々されますが、その前に、9条の再評価による放蕩息子のストップこそが必要です。穴の開いたバケツのような「防衛費」ダダ漏れへの歯止めという、リアルな「カネの視点」からの憲法認識が、7月の参院選で問われています。

【プロフィール】

竹信三恵子(たけのぶみえこ)=ジャーナリスト・和光大学名誉教授

1976年、朝日新聞社に入社。同社編集委員兼論説委員、和光大学教授などを経て2019年4月から現職。2009年、貧困ジャーナリズム大賞。著書に『ルポ雇用劣化不況』(岩波新書、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ賃金差別』(ちくま新書)、『しあわせに働ける社会へ』(岩波ジュニア新書)、『家事労働ハラスメント』(岩波新書)、『正社員消滅』(朝日新書)、『企業ファースト化する日本~虚妄の<働き方改革>を問う』(岩波書店)、『10代から考える生き方選び』(岩波ジュニア新書)、『官製ワーキングプアの女性たち』(共著、岩波ブックレット)など。最新刊に『賃金破壊~労働運動を「犯罪」にする国』(旬報社)。