孤立出産をした技能実習生に無罪判決を/田中雅子(上智大学総合グローバル学部教授)【2002.4】
2022年4月10日、死体遺棄罪で有罪判決を受けた技能実習生ベトナム人レー・ティ・トゥイ・リンさん(23歳)は、無罪判決を求めて、最高裁判所に上告した。2020年11月、彼女は、帰国させられるのを恐れて誰にも相談できず、孤立出産をした。死産をした後、子どもたちの名前と弔いの言葉を記した手紙を添え、子どもの亡骸を段ボールに入れて自室の棚に安置していた。
第一審は遺体を一日以上放置した彼女の行為が「国民の一般的な宗教感情を害する」とし、第二審は、二重のダンボールにテープで封をしたことが「隠匿」にあたるとして、執行猶予2年、懲役3月の有罪判決を出した。最高裁では、葬祭の自由の侵害や、「一般的な宗教感情を害する」という曖昧な理由による判決の適切性などが審理される。
この刑事裁判の背景を考えると、日本社会の側にこそ課題が多いことに気づく。国際貢献を建前としつつも、人手不足を補う安価な労働力の確保が実態である技能実習制度、移民女性に対する妊娠の制限などマタニティ・ハラスメントの常態化。日本政府や企業が推進する持続可能な開発目標(SDGs)に照らし合わせてみると、明らかに問題である。SDGsには、女性の移住労働者の権利の保護や安全・安心な労働環境の推進(目標8)、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)への普遍的アクセスの保障(目標3および5)が記されているからだ。
「性的指向、ジェンダー自認、性表現を含めたセクシュアリティについて自由に定義でき、子どもを持つかどうか、持つとしたら、いつ、どのように、何人の子どもを持つかを選ぶために必要な情報、資源、サービス、支援を生涯にわたって得られ、これらに関して、いついかなる時も差別、強制、搾取、暴力を受けないこと」を求めるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは、技能実習生にも認められなければならない。
「私は外国人技能実習生だから、私の行動は有罪とされたのではないですか?もし私が日本人だったら、おそらく起訴されず、裁判にかけられなかったと思います。それでは、裁判所は、外国人を差別していることになりませんか」というリンさんの勇気ある上告は、日本社会を正す機会を与えてくれているのではないだろうか。
法務省の統計によれば、2021年末時点の在留外国人は276万人。約1割にあたる28万人が技能実習生である。外国人技能実習機構の業務統計を見ると、同年3月末時点で技能実習生が多い業種は、建設(22.5%)、食品製造(19.0%)、機械・金属(14.2%)、農業(9.1%)、繊維・衣服(5.9%)の順である。リンさんも農業に従事する約2.5万人のうちのひとりだ。野菜、果物、パン、洋菓子、納豆、干物など、私たちは技能実習生が作ったものを食べている。
2019年以降、法務省、厚生労働省、外国人技能実習機構は「妊娠等を理由とした技能実習生に対する不利益取扱いについて」という注意喚起文書を出している。2020年には「技能実習手帳」に「技能実習中に結婚・妊娠・出産などをした場合」の情報を追記した。しかし、2018年8月に来日したリンさんは、渡航前・来日後とも、日本での妊娠や出産に関する話を聞いたことはなく、これらの情報も伝わっていなかった。SNS上で妊娠を理由とする解雇や強制帰国の情報を読んで、自分も帰国させられるのかと怖くなり、妊娠したことを誰にも相談できなかった。
私が移民女性を対象に行った調査では、計290人の女性回答者の18%にあたる53人が、「妊娠したら帰国・解雇・罰金」だと言われたり、そうしたルールに従うという誓約書に署名させられたりしたと回答している。彼女たちは、妊娠してはならないと警告されているのだ。
厚労省の調べによれば、2017年11月から2020年末までに妊娠・出産を理由に技能実習継続困難届が提出された637件のうち、2021年8月時点で実習を再開したのは、1.7%にあたる11件のみである。技能実習の継続は極めて難しく「妊娠したら帰国」というのは、噂ではなく実態である。
技能実習生が、妊娠しても帰国せず、出産後、休暇をとってから復職した事例を積み重ねることで「妊娠したら帰国」という考え方を変えていけるのではないか。技能実習生は労働者としてしかみなされていないが、地域社会では買い物をする消費者であり、税や健康保険を支払う社会保障の支え手でもある。彼らには、「経済的生産」を維持する労働者としての側面以外に、休日を友人と楽しんだり、家族を形成したりする「社会的再生産」のニーズがある。
上告趣意書とともに、無罪判決を求める署名25912筆(累計86612筆)と、127人からの一般意見書、専門家らによる6つの意見書が提出された。ベトナム人技能実習生リンさんの裁判を支援する会は、Change.orgで署名活動「最高裁の重たい門を共に開けましょう!孤立出産での死産の後に死体遺棄罪に問われたベトナム人技能実習生リンさんの無罪判決を求めます!」を継続している。
最高裁は「私は自分自身のためだけでなく、すべての技能実習生や他の女性のためにも上訴することにしました」という彼女の訴えを受け止め、公正な社会の出発点となる判決を出してほしい。
上智大学総合グローバル学部教授。博士(開発学)。社会福祉士。専門は国際協力論、ジェンダー論。日本と諸外国の避妊法・中絶法の違いが移民にもたらす影響の研究や、日本で暮らす移民女性の相談支援を行っている。近著に『厨房で見る夢―在日ネパール人コックと家族の悲哀と希望』(編訳著、ビゼイ・ゲワリ著、上智大学出版、2022年)、『アンダーコロナの移民たち―日本の脆弱性があらわれた場所』(共著、明石書店、2021年)。