コラム

「解雇の金銭解決制度」検討会報告書の公表/日本労働弁護団事務局次長・中村優介 【2022.4】

2022年4月12日、厚労省内に設置されていた「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」(以下、「論点検討会」という。)の報告書(以下、「本報告書」という。)が公表された。論点検討会は、同じく厚労省内に設置されていた「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」(以下、「システム検討会」という。)が2017年5月31日にとりまとめた報告書を受け、さらに法的論点の検討を行うために、2018年6月12日に設置されたものである。なお、システム検討会のメンバーには法学者のほか、労使関係者も参加していたが、論点検討会のメンバーはすべて法学者である。

中村優介弁護士(日本労働弁護団)

論点検討会では、システム検討会において労働者側が申立てをする場合にありうる制度として整理された例のうちから「実体法に労働者が一定の要件を満たす場合に金銭の支払いを請求できる権利を置いた場合の金銭救済の仕組み」を主な検討対象として、法的論点の整理、検討が行われてきた。

本報告書においては、論点検討会の名称が「解雇無効時の金銭救済制度」となっていることからもわかるとおり、論点検討会で検討した制度を、労働者が解雇された場合において生じる紛争解決方法のうちでも「職場復帰を希望しない者が利用できる新たな仕組み」として位置づけている(本報告書3頁)。そして、①労働者の選択肢の増加、②制度を利用した場合における解決方向の予見可能性、③紛争の一回的解決に資するものであることを、それぞれ基本的な考えとして、制度を導入するのであればどのようなものがありうるか、法的論点の検討している(同1頁、同7頁)。

論点検討会は、システム検討会が公表した報告書を受けて開催された労政審労働条件分科会において、さらに法技術的な論点についての整理を専門的に行うという方向が示され、設置されたものであった。そのため、今後、労政審労働条件分科会において本報告書の内容が提出され、解雇の金銭解決制度の導入についての議論が進められる可能性がある。

もっとも、解雇の金銭解決制度については、導入する必要はないし、導入した場合には弊害が生じる可能性が極めて高い。

まず、解雇の金銭解決制度を導入する必要はない、という点についてである。

本報告書は労働者に新たな選択肢を提供するという観点から解雇の金銭解決制度を位置づけている。もっとも、既存の紛争解決制度(訴訟、労働審判等)によっても、金銭の支払いによる紛争解決は図られているのであって、新たに制度を導入する必要性はない(システム検討会の報告書においても、このような制度の導入する必要はないとの意見が付されている)。また、本報告書において検討された内容は、訴訟または労働審判による解決を前提としているところ、労働者において訴訟等の手続をする負担は、変わらず存するのであって、紛争の早期解決に資するものでもない。

次に、解雇の金銭解決を導入した場合の弊害の点についてである。それは、労働者にとっての「予見可能性」は、使用者にとっての「予見可能性」をも高めるということである。すなわち、本報告書においては、労働者において金銭解決制度による解決にどのようなメリットがあるかを理解した上でどの制度を選択するか判断できるよう、労働契約を終了させるための「解消金」の算定式を設けることを検討する必要があるとする(同24頁)。

もっとも、制度として設けられた算定式は、当然であるが、使用者側も参照することができる。そうすると、使用者においても、金銭解決するにあたっての金額の予見可能性を高め相場感を形成し、無用な紛争が生じかねない。また、紛争の解決にあたっても、使用者側がその相場観や算定式による上限額に固執することで、柔軟な解決が阻害される可能性もある。さらに進んで考えるに、本報告書において検討されているのは労働者側の申立権に限定されているが、今後制度を広く活用するなどという理由をつけて、使用者側からの金銭を支払うことによる解雇を容認する制度が導入されるおそれもある。

このように、解雇の金銭解決制度を導入することは、広く解雇規制の緩和につながるものであり、雇用の安定が求められている現下とは真逆の方向を指向するものである。

筆者が所属する日本労働弁護団は、解雇の金銭解決制度の導入について反対の意見を示し続けているところである(直近では、2021年10月21日付け「「解雇の金銭解決制度」導入に反対する声明」)。今後、本制度の導入の阻止のために、労政審においてどのような議論がなされるか注視していく必要がある。

【プロフィール】

中村 優介(なかむら ゆうすけ)

2016年 弁護士登録、東京弁護士会所属(江東総合法律事務所)

日本労働弁護団常任幹事及び同事務局次長

(著作等)

・「解雇の金銭解決制度」(法と民主主義526号(2018年))

・「「解雇の金銭解決制度」議論の現在」(季刊労働者の権利331号(2019年))

ほか、取材記事や大学における労働問題に関する講演多数