コラム

維新政治の課題と現状/フリージャーナリスト 幸田泉【2022.4】

野党か与党か「ゆ党」か

2010年に地域政党「大阪維新の会」として誕生した政治勢力「維新」は、昨秋の衆院選で国政政党「日本維新の会」が11議席から41議席へと躍進して注目を集めた。維新は大阪のローカル政党から全国的に支持を集める政党に着実に脱皮している。

選挙期間中、関東地方の全国紙記者から連絡があった。私が新聞記者をしていた時の先輩で、大阪在住の私に維新について問い合わせてきたのだ。「世論調査では維新が今度の選挙で伸びそうなんだけど、あれっていったいどういう政党? 右なのか、左なのか。強権的な人が集まっているようで、個人的には好きではないけど。大阪の維新と国政政党はまたタイプが違うのかな?」

フリージャーナリスト 幸田泉

この素朴な疑問に答えるのはとても難しい。維新政治家は極右的な発言をするという点では「右」なのだろうが、大阪では自民党への支持を引き剥がしてそれを取り込んだ。自民党への批判の受け皿になろうとしている点では、左派政党と立場は同じだ。その一方で、安倍政権、菅政権とは非常に良好な関係、互いに利用し合う関係で、国政では与党でも野党でもない「ゆ党」と評された。ところが、昨秋に維新と接点のない岸田政権になると、今度は自公政権に対峙する野党として振る舞うようになった。

リーマンショックから立ち直れない不況下の2009年に自民党から民主党に政権交代し、「自民党は沈む泥船だ」と自民党を割って出た大阪府議らが、タレント弁護士出身で府民に人気の高い橋下徹・府知事(当時)をかつぐ形で「大阪維新の会」が結成された。府議だった松井一郎・大阪市長も旗揚げメンバーの一人だ。維新は府議たちが議員として生き残るのを目的として結集したのが原点なので、大きい意味での政治思想であるとか、政治哲学がなく、「選挙で勝つ」のを最優先課題としている。こまめに世論調査をして“マーケット”の動向を把握しており、政治状況、社会情勢によって主張や立ち位置が変わるのでややこしいのだ。

節約型から浪費型に

大阪では2011年の大阪府知事、大阪市長のダブル選挙でどちらも維新候補が勝利し、大阪府市は維新体制となった。そこから、維新は大阪府内の地方選挙で勝ちまくって勢力を拡大してきたが、この10年の間に大阪府政、大阪市政は明らかに別モノになっている。

「大阪維新の会」の初代代表に就任した橋下・元知事は、大阪府の財政状況が悪いのを「公務員の存在が税金を無駄遣いしている」と徹底的に公務員をバッシングし、「無駄遣いを無くす」と工事中のダム建設を中止することまでした。これは民主党政権が「コンクリートから人へ」をスローガンにしていたのを意識してのことだろう。橋下・元知事は大阪都構想を掲げて大阪市長に鞍替えし、大阪市長時代は「大阪市の市民サービスは贅沢三昧だ」と様々な団体への支援を打ち切り、独居老人や新婚家庭への細々した補助金まで削った。そして「大阪市の市債を減らした」とアピール。ケチケチ大作戦だったのだ。

では今、「大阪維新の会」代表の吉村洋文・府知事と前代表の松井・大阪市長の維新ツートップはどういう政策かと言えば、大規模インフラ整備に公金をジャブジャブ使う方向に舵を切っている。バブル経済期に大阪市が作ったハコモノがバブル崩壊と同時に破綻したのを橋下・元大阪市長は「税金を無駄遣いした」とさんざん批判していたのに、吉村知事と松井市長は、廃棄物の最終処分場として大阪湾岸を埋め立てた「夢洲」(大阪市此花区)に摩天楼を作ろうと、無謀なIR(カジノを含む統合型リゾート)誘致に突っ走っている。

ケチケチからジャブジャブに大きくブレながら、ケチケチを「税金の無駄遣いを無くした」「公務員を痛い目に合わせてやった」と喜ぶ人と、ジャブジャブの恩恵に預かろうとする人の、どちらからも支持を集めることに成功したのが大阪の維新だ。

維新王国の大阪で起こったこと

税金の使い方として、節約型から浪費型に転換した維新だが、一貫しているのは「縁の下の力持ち」の公共を縮小する方向性である。維新政治家は選挙の時は「医療、教育、福祉を充実させます」と決まり文句のように言うが、市民病院を廃止し、保健所の職員を減らし、補助金を打ち切られた看護学校は閉鎖に追い込まれた。新型コロナウイルス禍で、大阪府は東京都、神奈川県より人口は少ないのに死者は全国トップ。感染者を受け入れる病院がパンクして、治療が受けられないまま自宅や施設で亡くなったり、搬送先がなく途方に暮れる救急車の中で絶命した人が多いためと推察される。大阪の医療体制は有事の際に起動する余裕が全くないことがコロナ禍で露呈した。

教育について言えば、教員の給料を引き下げたので、大阪の学校教員は大学生に人気がない。採用試験に合格した教員でも、翌年、他府県の採用試験を受けて合格すると辞めていくという。これで優秀な人材を確保できるのだろうか。大阪市では幼稚園や保育所はどんどん民営化する方針だ。市立の高校22校も大阪府に移管して府立高校にした。大阪府は府立学校条例で「3年間、定員割れしている高校は再編整備の対象とする」と決めているので、統廃合しやすくなる。

幼稚園、保育所、高校を手放した大阪市教委は小学校と中学校の義務教育に集中するということなのだが、2020年に大阪市学校活性化条例を改正し、小規模校は半ば強制的に廃校できることにした。地域によっては住民が統廃合に猛反対したところもあるが、市教委は地元住民の意向などおかまいなしだ。義務教育を手厚くするどころか、公教育にかかる費用を削減したいという思惑だけが貫かれている。

夢洲のIRで潮目は変わるか

昨年末、夢洲にIRを建設するため、大阪市は約790億円かけて土壌改良をすると発表した。それまで吉村知事と松井市長は「IRは民間投資」「税金は使わない」と言ってきたにもかかわらずだ。しかも、今年2月15日に大阪府市とIR事業者が締結した基本協定では、主導権は明らかに事業者側にあり、府市は夢洲の軟弱地盤対策に790億円どころかいくらでも公金を投入する恐れが浮上した。

今、大阪ではカジノに賛否を問う住民投票を吉村知事に求める「直接請求署名運動」が行われている。3月25日~5月25日までの62日間で約15万筆の署名を集めなくてはならないが、「市民をバカにするな」という怒りが、高いハードルへの挑戦を後押しした。また、自民党大阪市議団は大阪市財政に多大な悪影響を及ぼすとして、現在のIR計画に反対の立場を明らかにした。昨夏の横浜市長選で、自民党支持者だった「ハマのドン」こと藤木幸夫氏がカジノ誘致を止めたい一心で立憲民主党推薦の山中竹春・現横浜市長を応援した状況と似ていなくもない。

夢洲IRの正体を明らかにすることは、維新政治の正体を明らかにすることだ。来春の大阪府知事、大阪市長のダブル選挙と統一地方選を前に、維新王国大阪は重要な局面にある。

【幸田泉(こうだ・いずみ)】

大阪市在住。元全国紙記者、2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を描いた「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。2018年からヤフーニュース個人のオーサー。大阪市を廃止し特別区に分割する大阪都構想に反対する活動をするなど、大阪の公共政策について発信中。大阪市が市立の高校を大阪府に無償譲渡するのを「市民の財産を棄損する行為」として、差し止めを求めた住民訴訟の原告の1人(3月25日に大阪地裁で原告の請求棄却の判決が言い渡され、控訴中)。4月末、「大阪市の教育と財産を守れ!」を出版予定。