紛争当事国が存在しない世界で防弾チョッキを供与するということ/ 杉原浩司(武器取引反対ネットワーク[NAJAT]代表)【2022.3】
3月4日午前、ツイッターで岸田政権がウクライナに防弾チョッキなどの供与を決めようとしているとの記事を読み、慌てた。紛争当事国への武器供与に道を開くどさくさ紛れの企てだ。官邸前に行って抗議しなければと思ったが、午後2時頃には国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合で決まってしまった。あり得ないスピードは「ショック・ドクトリン」そのものだ。
さらに想定外が加わる。立憲民主党があっさりと賛成しただけでなく、同じ4日に日本共産党の政策責任者が記者会見で「人道支援としてできることは全てやるべきだ。今回、私がこの場で反対と表明するようなことは考えていない」と語ったのだ。これが戦時の空気に呑まれるということか。そうなると、私たちNAJATは圧倒的な孤立を強いられることになる。恐怖を覚えた私はその晩、必死にツイッターで防弾チョッキ供与の問題点を訴え、共産党の全国会議員のアカウントにも祈るように発信した。
幸い、翌日5日に発言は訂正され、「賛成できない」との明確な表明がなされた。深く安堵したことは言うまでもない。
驚きはさらに続いた。なんと、政府は3月8日になって、再びNSCを持ち回りで開き、防弾チョッキの供与のためとして、「防衛装備移転三原則」の運用指針を改定し、輸出先として「国際法違反の侵略を受けているウクライナ」を特例的に追加した。深夜には、武器の一部を載せた自衛隊機を愛知県小牧基地から出発させた。
要するに、現行の運用指針ではウクライナへの防弾チョッキの供与を正当化できなかったのだ。これは戦慄すべきことだ。4日のNSC4大臣会合での決定は、法治国家の建前すらかなぐり捨てた、運用指針違反の脱法行為だったことになる。自らが決めたルールを破っておいて、後からルールを変更するという手法が許されるなら、いつでもどこにでも、武器の供与が可能になる。
加えて、私たちが当初から批判してきた防衛装備移転三原則のデタラメさが改めて明らかになった。交戦しているウクライナが、武器輸出できない「紛争当事国」に当たらないというのだ。同三原則が「紛争当事国」の定義を「武力攻撃が発生し、国際の平和及び安全を維持し又は回復するため、国連安保理がとっている措置の対象国」と極めて狭く定義しているからだ。これに当てはまるのは、湾岸戦争時のイラクと朝鮮戦争時の朝鮮民主主義人民共和国くらいだという。つまり、1991年の湾岸戦争以降、世界に紛争当事国は存在しない。見え透いた詐欺がいまだにまかり通るのは、国会、メディア、主権者が舐められていることの証左だ。
欺瞞を重ねた末に、「日本の防衛政策の大きな転換点になる」(防衛省関係者)決定が強行された。だからこれは、突破口に過ぎない。自民党内には「ウクライナに限定せず、他の国・地域にも送れるように対象を拡大すべきだった」との不満がくすぶり、「台湾有事の際には、弾薬も送るべきだ」と語る議員もいるという。
自民党だけではない。毎日新聞専門編集委員の古賀攻は、次は地対空ミサイルを要求されているとして、「運用指針の改定などでは済まず、特別立法の制定が必要になる」と述べる(3月23日、毎日)。供与すべきと明言はしていないものの、「国際連帯の価値が、戦後日本の独自理念を上回るものと考えるべきかどうか」が問われると書く。乗り越えろと示唆しているのは明らかだろう。
3月16日午後には、自衛隊の「防衛装備品」を載せた米軍のC17輸送機が、米軍横田基地から欧州に向け出発した。日米の物品役務相互提供協定(ACSA)に基づくもので、第三国への物資提供は初だという。火事場泥棒のごとくに既成事実化が進んでいる。
8年前の2014年4月1日に安倍政権が撤廃した武器輸出三原則の肝は、「国際紛争を助長しない」という憲法9条を具現化した理念だった。紛争当事者に武器を輸出することの危うさが自覚されていた。私はこうした時だからこそ、武器輸出三原則の復活と強化を訴えたい。それは紛争を生む構造を根治する方策だと確信するからだ。
〇【NAJAT声明】紛争当事国ウクライナへの防弾チョッキ供与の
https://kosugihara.exblog.jp/2
〇防弾チョッキ提供 ウクライナに武器輸出?(3月23日、NHK)