コラム

政府によると、戦争は起きていないし、起きることはない/中野晃一(上智大学教授/市民連合運営委員)【2022.3】

ロシア軍がウクライナに侵攻し、戦争が始まった。

だがプーチン大統領は、これは戦争ではなく、親ロシア派住民が多いウクライナ東部の平和を実現するための「特別軍事作戦」だと強弁し、これに反して「戦争」や「侵攻」などの言葉を使うメディアに対する弾圧を強め、放送停止などに追い込んでいる。戦争を戦争と呼ぶことを「偽情報」だというのだ。

中野晃一(上智大学教授/市民連合運営委員)

今回のプーチンの侵略の手口が、かつて日本が満州で行ったことに似ていると指摘されている。なるほどあれは満州「事変」だった。日本の中国大陸での侵略戦争はことごとく「事変」や「事件」だったことを思い出す。さしずめこれも「ウクライナ事変」なのか。人が殺され逃げ惑う戦争なのに。

日本には、安倍政権以来「防衛装備移転三原則」というものがある。従来「武器輸出三原則」と呼ばれ、原則として武器の輸出や国際共同開発を禁じていたのが、逆に移転を禁止する場合を限定する方針に転じたのだ。「武器」という生々しい言葉がこの時忌避され「防衛装備」に取って替えられた。

岸田政権は、ウクライナに対して防弾チョッキなどを供与することを決めたが、何と「防衛装備移転三原則」の制約を回避するためのロジックが、防弾チョッキは殺傷能力のある武器にあたらないから、ではなく、ウクライナは「紛争当事国」に当たらないから、なのである。にわかに何を言っているのかわからないのは、ウクライナが紛争当事国であるからこそ、日本政府が防弾チョッキを提供しようとしているからだ。もちろん、防弾チョッキの提供なら多くの人の理解も得やすい。それさえ反対するのか?と論点をずらすことも容易だ。

「三原則」の第一原則の三項目は「紛争当事国(武力攻撃が発生し、国際の平和及び安全を維持し又は回復するため、国連安保理がとっている措置の対象国をいう。)への移転となる場合は、防衛装備の海外移転を認めない」と定めている。侵略当事国のロシアが拒否権を持つ国連安保理は、ウクライナに対して措置を取っていない。だからウクライナは「紛争当事国」ではない、というのが政府の論法だ。

この理屈なら「台湾有事」の際も使えそうだということなのだろう。その時に防弾チョッキで済むのか。何のための「三原則」なのか。

安倍政権から岸田首相が引き継いた「敵基地攻撃能力」保有の企ても、イメージが悪いと名前を変えることを政府は検討している。「自衛反撃力」「打撃力」「阻止力」など、「防衛的な攻撃」という発想だ。そもそも我われが「戦争法」と呼ぶ「安保法制」を政府は「平和安全法制」と呼んでいる。こうなるともう政府のおかげで「戦争のない世界」が実現しそうだ。人が殺され逃げ惑っていても、これは戦争ではなく「平和創出活動」だ、と。

戦争は戦争だ。戦争をさせてはいけない、戦争を拡大させてはいけない。