コラム

【コラム@ひろば】 今、憲法審査会で改憲の議論を急いでする必要はありません/清水雅彦(日本体育大学教授・憲法学)【2022.2】

▲清水雅彦(日本体育大学教授・憲法学)

 2月10日、今国会では初めて衆議院の憲法審査会が開催され、自由討議が行なわれました。翌週の2月17日も開催されましたが、衆議院で予算案審議中の開催は2013年以来のことです。今、そんなに急いで憲法審査会を開催する必要はあるのでしょうか。集中して取り組むべき最重要課題は、コロナ対策ではないのでしょうか。自民党議員などの議論を聞いていると、とにかく改憲に持って行きたくて開催しているとしか思えません。

 この改憲については、自民党は2018年3月に自衛隊の明記、緊急事態対応(緊急事態条項)、合区解消・地方公共団体、教育充実のための改憲案という4項目の改憲条文案をまとめています。本命は9条改憲ですが、コロナウイルスの感染拡大後は「コロナ対応のために憲法に緊急事態条項が必要だ」という主張がよく聞かれるようにもなりました。

 しかし、例えばイギリスには条文としての憲法がありませんし、アメリカ憲法には緊急事態条項がありません。ドイツとフランスには憲法に緊急事態条項がありますが、コロナ対応に緊急事態条項を発動していません。これらの国では法律で対応しているのです。憲法に緊急事態条項があればコロナ対応ができるという議論にだまされてはいけません。

 日本のコロナ対応に問題があるのは、新自由主義改革で医療や公衆衛生に力を入れなかった結果でもあります。全国の保健所数は1992年に852だったのに、昨年は470。人口1000人あたりの医師数(2019年)は、OECD平均3.5人に対して日本は2.4人で、OECD加盟36か国中32位です。憲法25条で国民の生存権を保障し、国に社会保障や公衆衛生の向上・増進に努めることを課しているのに。憲法尊重擁護義務(憲法99条)があるにもかかわらず、憲法理念の実現に努めてこなかった国会議員に改憲を語る資格はあるのでしょうか。

 仮に議論するとしても、憲法審査会は「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行[う]」組織でもあるのですから、憲法の観点から緊急事態に対応する法制や安保法制(戦争法)などについて議論すべきでしょう。そもそも、憲法改正手続法が2007年に制定された際には参議院で18項目もの附帯決議が、2014年の一部改正の際には衆議院で7項目、参議院で20項目もの附帯決議がなされ、昨年の一部改正の際にも国民運動に際しての有料広告の制限やインターネットの適正利用などについて「必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする」という附則4条が加えられました。これらの解決が先であって、改憲の議論を急いでする必要はありません。