コラム

【市民連合の要望書7】藤井久実子さんインタビュー「空気を読まずに、空気を変える!」

立憲野党の政策に対する市民連合の要望書

7.週40時間働けば人間らしい生活ができる社会の実現

先進国の中で唯一日本だけが実質賃金が低下している現状を是正するために、中小企業対策を充実させながら、最低賃金「1500円」をめざす。世帯単位ではなく個人を前提に税制、社会保障制度、雇用法制の全面的な見直しを図り、働きたい人が自由に働ける社会を実現する。そのために、配偶者控除、第3号被保険者などを見直す。また、これからの家族を形成しようとする若い人々が安心して生活できるように公営住宅を拡充する。

藤井久実子(ふじい・くみこ)

東京在住。2015年に若手中心の労働運動エキタスのデモに加わり、その後メンバーとして活動。専門学校で服飾と美術を専攻、卒業後はアパレル業界や非営利団体などさまざまな仕事に従事、現在は職場うつで休職後、会社と交渉中。雑貨店を営む友人と共同でブランドを立ち上げている。


最低賃金全国一律1,500円の実現を求めて活動しているエキタス(AEQUITAS)。ラテン語で「公正」を意味するこの旗印の下、貧困や労働のさまざまな問題を抱える若者たちが、社会に対して声を上げ続けてきた。藤井久実子さんもそのひとりだ。そして今、コロナ禍がさらに貧困と格差に追い打ちをかけている。問題がより可視化された今、社会をどう変えていくべきなのか。話を伺った。


 

——エキタスの結成は2015年でした。藤井さんがこの運動に関わったきっかけは何だったのですか?

服飾の専門学校で勉強して、将来は洋服のデザインに関わりたいという思いがありました。けれども希望している仕事には就けず、販売職からはじめて、アパレルの生産管理など、非正規を長く、正規職も数年続けてきました。正直、日々働いて、生活していくだけで精一杯でした。このままの状況で良いとは思ってなかったけれど、次のステップに行くためにどうしたらよいかを考える余裕もなかったと思います。

環境保護活動や市民運動を続けてきた母たちを見ていて、私自身、子どものころから、社会の問題について、おかしいと声をあげることは必要なことだと思うようになりました。それなのに、自分の仕事や、労働環境については、やっぱり自分がちゃんとできていないからだ、とずっと思っていたんですね。実際、同世代であっても、デザイナーとして才能を発揮して、ビジネスも成功させている人たちはいますし、そういう人たちをキャリアモデルとして、そこを目指すものだ、という考えに自分もはまっていました。だから、目指していてもちゃんとできていない自分が悪いんだと思ってしまっていたんですね。

2003年の労働者派遣法改正以降、ますます非正規雇用の人たちが増え、格差と貧困が広がっていく中で、先が見えない生活の苦しさに困っているのは自分だけじゃないんだと感じるようになりました。そんなときに東日本大震災、福島第一原発事故が起きました。原発反対デモには子どものころから親に連れられて行っていたのですが、身近で事故が起きたことで、自らの意志でデモに参加するようになりました。そこから、反原発、反差別などの社会運動にも参加していきました。自分も、声を上げられるんだ、と思いました。その中で知りあった、青年ユニオンや社会運動の人たちが最低賃金1500円の実現を要求する新しい運動を始めたと聞いて、自分も参加するようになったんです。

——最低賃金1500円を実現する、ということで今のこの状況がどのように変わるでしょうか。

まず大前提としてあるのは、その時給1500円なり1000円なりという、労働の価値を、誰が決めるのか、ということです。この人は時給1000円分の働きをしていない、とか、そのような視点ではなく、人間が、今の社会で暮らしていくためにどのくらいのお金がかかるのか、というところから考えるべきです。

最低賃金とは、ただ生きるための最低限な額ではなく、憲法25条が保証する「健康で文化的な最低限の生活」を営むために必要な額、ということです。一日8時間労働で週休2日の生活を考えたとき、月間の労働時間は約170時間になります。これは時間給労働者だけの問題ではなく、月給の職員でも、例えば月給17万円の人であれば時給は1000円ですが、これに、食費や光熱費などの公共料金、社会保険料などの出費を差し引いたとき、どれだけのものが残るでしょうか。

生きていくためにかかるお金がすでに決まっているのに、それを無視して、「おまえの労働は時給1500円に満たない」とジャッジされること自体がおかしい。最低賃金は生活水準から組み直して考えるべきだと思います。私は、長い非正規期間に加えて、正社員で働いていた期間もありますが、月給でも、時給換算すると1500円くらいです。家賃や社会保険やさまざまな経費を差し引くと、貯金をするほどの余裕はありません。時給1500円は十分過ぎるという額ではないんです。

最低賃金を全国一律にという考えに対して、都会と地方では、生活にかかるお金が違うというところから賃金格差ができているようです。たしかに、地方では家賃は安いかもしれませんが、車がなければ生活ができなかったり、物価はチェーン店舗の広がりで平均かしているし、そのほかにも生活にかかるお金はさまざまなものがあります。逆に、地方格差なく最低賃金が一律になれば、無理して都会で暮らす必要はなくなりますし、地元で働きたいと思う人も増えるでしょう。地方格差も解消されるのではないかと思います。

——生活でせいいっぱいで貯金もできず未来も見えない。それでもまだ社会に原因を求めず、自己責任論に走ってしまうような。この空気はどこから来ていると思いますか?

みんな苦しい中で頑張っているんだ。権利を主張する前に義務を果たせ! そんな言い方をする人は少なくないのですが、それ自体も、資本主義的な価値観の中で生まれてきた、いわば人をうまく使うための言葉なのではないかと思います。

まず考えるべきは、ひとりの人間が、ここに生きているということ。まずそれが先にある。本来ならば、どんな人であってもその人この社会で当たり前に生きていける社会を作ることが重要なのに、いつのまにか、この社会で生存しつづけていくためには、社会に対してそれなりの「生産性」がなければいけないというような価値観が蔓延していて……。

普段生産性が高いと言われる人でも、人生の中で病気をしたりトラブルに見舞われたりして「生産性」が低くなることだってありますよね。そもそも「生産性」は、ひとりの人間が生きていく上で交換条件のように義務化されるものではありません。いま、この人が、生きていくことができない社会があるならば、それはその人の責任ではなく、社会のシステムの問題なんですよ、と何度でも言いたいです。

——コロナ禍で、非正規労働者や時間給労働者は、まさに生きていくことそのものを脅かされる状況になっていますね。

コロナ禍の中で契約が終了したり、シフトカットされてしまって明日を生きるだけでも大変な状況になっている人も多いですし、正社員であっても、仕事が減らされ、給料も減ってしまって、なのに家賃や保険や光熱費など、出ていくお金は変わらないどころか増えてしまっているような状況です。国の支援制度は手続きが煩雑ですし、貸付制度があるといっても、これから返すあてもないのに借金をする状況自体が、絶望的ですよね。何のために私たちは税金を払っているのだろう、国の意味があるんだろうか、とすら考えますね。

オリンピックの問題も含めて、起こっている問題があまりにも多すぎて、何から声を挙げてよいかもわからない。感染拡大の状況もあるからデモもできないし、私たち自身も、どうやって社会にアピールしていけば良いのか、試行錯誤しています。今は、労働相談や、困りごと相談、フードバンクなど、それぞれがそれぞれの現場で動いている状況です。

今はとにかくステイホームでおとなしくしろ、と言われても、そうすることに何の保証もない。そんな状況の中で、何ができるのか。ともかく、個々の私たちが今できることは、この同調圧力の中で「空気を読まない」でいくことが大事だな、と思っています。

——空気を読まない?

「空気を読まない」といっても、いわゆる「逆張り」とか、公共のルールなどを否定するという意味ではありません。自分の考えのベースになるものを知ること。上に従うのが正しい、という全体主義的な流れに乗らないこと、です。

私はよく、職場で「よく政治の話するよね」と言われます。政治の話は職場などでするべきではないという「空気」ってありますよね。でも、ちょっと話してみると、案外が「そうだよね、おかしいよね」って共感する人もいます。政治の話をなぜしてはいけないのか。政治って、今の自分の生活を、決めるものなんですから。デモはできなくても、職場や、友だちとの会話の中で、なんか今の社会、今の政府おかしいよね? って話をしてみるだけで、なんとなく空気が変わっていくと思うんです。

また、非正規雇用のときから今までずっとアパレル関係の仕事をしてきてこの業界・産業の問題も見えてきました。この業界は、海外、国内の末端の低賃金労働に支えられている事実があるし、大量生産の売れ残りの行方、毎回出るサンプルや残布などもずっと気になっていました。やはり、中から変えていくことは重要だと思い、近年は、半期に一度の査定の際の書類などを通して、会社に残衣料の寄付や社外工場にもディーセントワークを求める提案をしています。

給料あげろ! とはまだ会社に言えないんですけど(笑)、せめて、内側から、空気を変えていきたい。空気を読まずに、空気を変えたいんです(笑)。

今は、友人と協働して、環境負荷の少ないオーガニックやリサイクル生地の服を作っていて、個人でもこれまで集めてきた古着や残布でリメイク品を作っています。それ以外にも、家族や身近な人たちと、雇用の上下形態ではなく、共同出資で運営していくワーカーズコレクティブ事業を始めることを考えています。自分たちが働きやすい場所を、自分たちで作る。10年以上考えてきたことなので、なんとか実現できたら、と思っています。

——それは楽しみですね! 本日はどうもありがとうございました。

 

エキタス

https://aequitas1500.tumblr.com/