コラム

【市民連合の要望書15】蓑田瑞恵さんインタビュー「共生社会の実現は『過去からの呼びかけに応答する』ことから」

立憲野党の政策に対する市民連合の要望書

15. 東アジアの共生、平和、非核化

 東アジアにおける予防外交や信頼醸成措置を含む協調的安全保障政策を進め、非核化に向け尽力する。東アジア共生の鍵となる日韓関係を修復し、医療、環境、エネルギーなどの課題に共同で対処する。中国とは、日中平和友好条約の精神に基づき、東アジアの平和の維持のために地道な対話を続ける。日朝平壌宣言に基づき北朝鮮との国交正常化、拉致問題解決、核・ミサイル開発阻止向けた多国間対話を再開する。

蓑田瑞恵(みのだ・みずえ)

1961年生まれ。33年の会社員生活を経て、退職後の2017年に日本語教育能力検定試験に合格。国際交流基金が実施する「日本語パートナーズ」で派遣されたミャンマー・マンダレー外国語大学で、日本語教師のアシスタント勤める。現在は日本語教師として働きながら、恵泉女学園大学大学院修士課程で平和学を学び、梨の木ピースアカデミーの事務局スタッフとして活動中。

 


昨春スタートしたオンライン市民講座、梨の木ピースアカデミー(NPA)。歴史を振り返り、アジアの人々と新しい学びとネットワークを作っていく意欲的な講座が多く企画されている。事務局スタッフで、日本語教師として多文化共生を考える講座を担当している蓑田瑞恵さんに、話を聞いた。


 

——長く勤めた会社を早期退職して、日本語教師の道を選ばれたそうですね。

昔から海外に興味があって、早めに退職して海外の人たちと関わる仕事ができたら、と思っていました。韓国にも関心があったので、韓国語の勉強も始めていたので、2013年に、以前から興味のあったピースボートの日韓共同クルーズに参加したんです。それまでの私は、日本とアジアの戦争の歴史について漠然とした知識しかなかったのですが、船上で、元日本軍慰安婦の方たちのお話や、朝鮮半島の情勢に詳しいさまざまな方たちの講義を聴くことができて、とても刺激を受けました。船を下りてからも、もっと知りたい、知らなければいけないという思いが高まり、現在コーディネーターとしてNPA運営をとりまとめている李泳采(イ・ヨンチェ)先生を通じて市民グループKAJA(Korea And Japan Alternative learning group)にも参加。少しずつ学んでいきました。一方で、同じころ、会社でミャンマーへの海外赴任の打診があり、めったにないチャンスと考えたことから話を受けました。ヤンゴンには2014年から2年半赴任しました。

当時のミャンマーは、2011年に軍事政権から民政移管し、少しずつ外国資本をうけいれはじめていたころでした。私は通信系のインフラを整える事業に関わっており、仕事も多忙だったので、あまり地域の文化や生活にゆっくりふれあう余裕がありませんでした。それでも、再びミャンマーに関わりたい気持ちが強くありましたので、帰国後まもなく会社を辞め、日本語教師の養成講座に通いました。その後、国際交流基金アジアセンターの「日本語パートナーズ」に応募。2018年から10ヶ月、マンダレー大学で日本語教育に関わりました。マンダレーはミャンマーではヤンゴンにつぐ大都市ですが、首都的なヤンゴンと違って、気候も風土も人々の性質もおおらかで、大学や学生たちを通してローカルな人々交流することができました。

——日本語を学ぼうとするミャンマーの人たちは日本に対してどのような印象を持っているのですか?

 私がマンダレーで教えていた多くは若い学生さんたちだったので、戦争中の日本との関係もほとんど知らない世代でした。日本のアニメが大好きで、という人もいましたし、日本語を覚えて良い職につきたいという人も多くいました。戦後、日本が経済的な援助などを行っていたこともあって、日本に対して悪感情を持つ人は年配の人でもあまり多くはない印象でした。しかし、実際には戦時中の日本軍がミャンマーを占領していたことは、その後の軍事政権下や民主化運動にも深く影響を与えていますし、私自身、日本語教師としてアジアの人たちと向き合っていく以上、もっときちんと歴史を知らなければならないという思いを強くしました。ですので、日本に帰国してから改めて、インパール作戦や泰緬鉄道の捕虜強制労働の問題、B・C級戦犯の収容所のこと、その後の民主化運動について詳しく学ぶようになりました。李泳采先生の勧めもあって、恵泉女学園大学大学院で平和学を学び、ミャンマーの民主化政策について研究しています。このインタビュー後、2/1にクーデターが発生、まさかこのような事態になるとは正直想像できませんでした。再び暗い時代に戻ってしまうことは何としても避けたいという人々の必死の抵抗が続いており、日本からも応援の言葉を送り続けたいと思っています。

——「平和」という言葉はよく耳にしますが「平和学」とはどのような学問なのですか?

たとえば、学校で「平和」について教わるとき、「あの悲惨な戦争を二度と繰り返さない」といったような表現で語られ、いわゆる被害者の視点で語られることが多いですね。満州からの引揚者だった私の母も同じようなことをよく言っていましたし、私自身も、大変恥ずかしいことに、50歳を超えるまで、過去の戦争で日本が加害国としてアジアの国々に大きな被害を与えたということをほとんど認識していませんでした。

「平和学」では、まず「平和であるということはどういうことか」を考えます。たとえば、近代の戦争の歴史を見ても、日清戦争、日露戦争の時代から二度の世界大戦と、戦争の形も変わってきて、核の脅威による冷戦の時代も終わった今、国家間の大きな「戦争」が起こっていない代わりに、世界各地で対テロ戦争が起こっています。「戦争がない」状態であることだけが「平和」でしょうか。平和とは、誰もが健康で安全な暮らしができる最低限の状態、つまり、ひとりひとりの人権が守られている状態のことです。そういった意味で、今の世界は各地で紛争が起こり大量の難民が発生しているし、性暴力や子供に対する暴力、格差と貧困も含めて、この社会はいまださまざまな「構造的暴力」の中にあります。

「平和」というとおだやかで優しいイメージがありますが、平和学はむしろ、戦争をはじめとしたさまざまな暴力、人間社会の醜い、恐ろしい現実を見つめ、そこから学んでいく学問です。若い学生さんだと、世界で起こっている戦争や暴力の映像などを見て、その残酷さにショックを受ける人も少なくありません。しかし、ごく若い時期に、この構造的暴力に気づくことができるということ、50歳を超えて学びだした私からするととてもうらやましく感じます。そうやって気づきを得た若い方たちの多くが、卒業後、国際NGOなどさまざまな場所で活躍していて、本当に素晴らしいなと思っています。

——NPAでも、戦争責任や社会問題に関する講座が多く企画されていますね。

 NPAでは、戦争を過去のものとして考えず、戦後責任の問題や、かつての植民地支配が現在の社会に与えている問題も含めて、その構造的暴力について考える講座を多く企画しています。たとえば、1950年に起こった朝鮮戦争については、覚えていることと言えば、その戦争特需が日本の高度経済成長に寄与したこと、と答える人が一般的ではないでしょうか。かつての私もそのような印象でしか捉えていませんでした。しかしその根底には日本の植民地支配があり、冷戦構造を背景として生まれ、今も日本の安保体制に大きな影響を与えています。なぜ朝鮮半島が南北に分断されているのか。その事実と責任に向き合う機会がなかったことが、今起こっている大きな問題を生み出していると思います。私たち市民の側にもその責任はあります。ひとりひとりは微力でも、ともに学び、実践していくつながりがあれば、今からでも社会を変えることができる。私たちが一市民として何ができるのか。NPAでは、そのための出会いの場、実践の場でありたいと考えています。

 私自身も、NPAで担当している日本語講座で、伝えたいことのひとつは、日本語を学ぼうとしている人たちの国々と、日本が、かつてどのような歴史を持っていたかを知ってほしいということです。たとえば「親日」の人が多いと言われる台湾で、日本語が話せ、日本の唄が歌える年配の方が多いのはなぜなのか。現在の日本語教育は、平和的な多文化共生の理念のもとに行われていますが、言葉がかつて皇民化政策の名の下で使われていた歴史は、多文化共生社会を生きる私たちが、忘れてはならないことだと思います。

 

——私たちがまず変わらなければなりませんね。

私たちが向き合わなければならないのは、歴史の事実であり、さまざまな声に向き合う「応答責任」だと思います。日本は未だ、かつて植民地支配をしていたアジアの国々や、強制労働や日本軍慰安婦にされるなどの被害を受けた人々に対して、きちんと「応答すること」ができていない。そして、被害を受け苦しんでいる人たちの声を聞こえないものとして無視し、応答していない態度は、今、コロナ禍や生活困窮で苦しむさまざまな人々や、市民の声にまったく「応答」しない現政権にも見えることです。

 私が昔読んで、非常に感銘を受けた高橋哲哉さんの著書『戦後責任論』で、高橋さんはこの「応答責任」という言葉について「responsibility=応答可能性」という意味からきており「他者の呼びかけに対して答えること」であると解説されていました。私たちが戦争や植民地支配について学ぶことは、「過去からの呼びかけに応答する」こと。その責任を果たすことが、東アジアの共生、平和を実現していくために一番大切なことだと私は考えています。

 

 

 

梨の木ピースアカデミー 新しい時代の出会い・学び・実践の場

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