ひろば

日韓関係を新たなステージに移行させる

「これをきっかけに日韓関係も改善していってほしい」(茨城、49歳女性)
これは、『愛の不時着』で『冬のソナタ』以来、十数年ぶりに韓国ドラマを見始めたという方のアンケート回答です(11.14付「朝日新聞be」-「今こそ!見たい 韓国ドラマ」)。
大方の韓流ドラマファン、K-POP、韓国の映画、料理やコスメのファンは、同じ思いでいるでしょう。
2018年10月30日の韓国大法院(最高裁)判決以降、日韓関係は「最悪」の状態になっています。これは、戦時中に日本に労務動員された被害者が起こした訴訟の判決です。大法院は、原告の請求を認め、被告日本企業に賠償を命じました。
日本政府は激しく反発、「請求権協定で解決済み」、判決は「国際法違反」だと非難しました。そして、韓国に対し輸出規制などの「報復」に出ました。以来、日韓関係は険悪化し、今に至っています。

大法院判決はおかしな判決なのか?

日韓関係を「最悪」にした大法院判決、これは本当に問題判決なのでしょうか。
実は、大法院で勝訴判決が確定した3件の訴訟の原告の多くは、1990年代に日本でも同様の訴訟をしていました。彼らの請求はいずれも棄却されました。真逆の司法判断だったのです。
ただ、結論以外は、日韓の司法判断に殆ど食い違いはありません。強制連行、強制労働の事実を認定し、実行企業の不法行為責任も認めています。ともに原告を強制動員という人権侵害の被害者=救済対象と認めたのです。
しかし、日本の裁判所は、時効・除斥、「別会社」論や「請求権協定で請求権消滅」等の理由で請求を棄却しました。他方、韓国大法院は、これらを退け、請求を認めました。日韓で司法判断が分かれた一番のポイントは、請求権協定の解釈でした。
韓国大法院は、強制動員という「反人道的な不法行為」に対する「慰謝料請求権」は、請求権協定の「適用外」だと判断したのです。
実は、日本政府も、請求権協定で「個人の請求権」を消滅させてはいない、という点では同じ立場です。
(1991年8月27日参議院予算委員会での柳井条約局長答弁など)。特に、「慰謝料請求権」については、柳井条約局長が、韓国国民の「財産、権利及び利益」について「財産権措置法」(1965.12.17法律144号)で一定のものを消滅させたが、その中に「慰謝料請求というものが入っていたとは記憶していない」(1992年3月9日衆議院予算委委員会)と答弁しているのです。
このような政府答弁に鑑みれば、大法院判決を「一刀両断」するようなことはできないはずです。

1965年から1998年へ

1965年、日韓は日韓基本条約、請求権協定などを結び、国交を正常化しました。ただ、過去の「植民地支配」をめぐる問題は残りました。日韓交渉の中で植民地支配の合法・違法をめぐり双方は最後まで折り合わなかったからです。日本は植民地支配責任を認めず、賠償も拒否しました。
その結果、日韓基本条約では、植民地支配については一切触れず、日本政府が謝罪することもありませんでした。請求権協定では、日本が無償・無償5億ドル分の「経済援助」を韓国に行い(第1条)、日韓間の請求権問題について「完全かつ最終的に解決した」(第2条)ことを確認しました。しかし、「経済援助」と「請求権」の関係について、椎名外相(当時)は、両者は「無関係」と言っていました。
このような経過を見て、「徴用工」問題は解決済み、と言えるのでしょうか。
日本政府が、植民地支配について、「痛切な反省と心からのお詫び」を表明したのは1998年です。金大中大統領、小渕恵三首相の首脳会談で「日韓パートナーシップ宣言」を交し、「多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実」を認め、謝罪しました。1965年から33年後のことでした。
そして、この「多大の損害と苦痛」を受けたのが、この裁判の原告たち、強制動員被害者です。彼らには、最低限、「心からのお詫び」の言葉をかけるべきではないでしょうか。
1965年から1998年へ、日韓関係、歴史認識は「進展」してきたのです。1965年には戻れません。国際的な人権規範も発展してきています。
半世紀以上前の協定だけを拠り所に判決を非難し、被害者の人権回復に背を向けることに国際的な理解は得られないでしょう。

「ブラック・ライヴズ・マター」は日本とは関係ないのか?

「ブラック・ライヴズ・マター(BLM)」(黒人のいのちも大切だ)運動が続き、世界に広がっています。BLM運動は、人種主義・黒人差別を告発する運動であるとともに、その根源にある奴隷制、植民地主義の克服を迫る運動とも言えます。
ベルギーのフィリップ国王は、コンゴ植民地支配について「最も深い遺憾の意を表明」しました(6月30日)。フランスのマクロン大統領は2017年の大統領選挙時から、「植民地化」は「人道に対する罪」に当たる「蛮行」であり、フランスはその過去を直視すべきだと述べていました。
これは「他人事」ではありません。同じことを日本も問われているのではないでしょうか?
来年2021年は、ダーバン会議-宣言(国連反人種主義世界会議、2001年)から20年です。同宣言では、奴隷制を人道に対する罪と断罪し、植民地主義についても「非難」し、「繰り返されてはならない」と規定されました。
今こそ、ダーバン宣言の精神に立って、強制動員被害者の訴え、大法院判決に向き合うべきではないでしょうか。一歩前に進み、強制動員問題を解決するとき、日韓関係は新たなステージに移行するでしょう。そして、日韓は「東アジア共生」への道をともに歩む同伴者となるはずです。

矢野 秀喜(強制動員問題解決と過去精算のための共同行動事務局)