【市民連合の要望書5】山本淑子さんインタビュー「あなたのせいじゃない。我慢しないで相談してほしい。」
立憲野党の政策に対する市民連合の要望書
5.自己責任社会から責任ある政府のもとで支えあう社会への転換
小さな政府路線と裏腹の自己責任の呪縛を解き、責任ある政府のもとで支えあう社会をめざす。新しい社会をつくりあげるために、財政と社会保障制度の再分配機能を強化する。消費税負担の軽減を含めた、所得、資産、法人、消費の各分野における総合的な税制の公平化を実現し、社会保険料負担と合わせた低所得層への負担軽減、富裕層と大企業に対する負担の強化を図る。貧困対策においては、現金・現物の給付の強化と負担の軽減を組み合わせた実効的対策を展開し、格差のない社会をめざす。
山本淑子(やまもと・よしこ)
大学卒業後、全日本民主医療機関連合会(民医連)加盟の病院に事務職として勤務。その後、民医連本部に移り、介護保険事業立ち上げから関わる。現在は医療、介護をはじめとする社会保障制度を改善・充実させる運動を担当。毎年、経済的な理由から手遅れとなり命を落としてしまう事例を調査し、制度改善を求めて発信している。
日本で新型コロナウイルス感染症が確認されてからまもなく1年。政府の無策により医療や介護現場では緊迫した状態が長く続き、労働者の安全や健康、市民の命や健康も脅かされている。医療や介護を提供する事業団体でもあり、社会運動団体でもある「民医連(全日本民主医療機関連合会)」で社会保障制度を担当している山本淑子さんに話を聞いた。
――山本さんは民医連でどんなお仕事をしているのですか?
大学卒業後、民医連に加盟する病院の事務として、現場で14年働きました。その後、ちょうど介護保険制度ができる直前、縁あって民医連の本部に出向して、そのままずっと。
民医連とは、お金のあるなしで差別されることなく「いつでもどこでも誰もが安心して医療にかかれるように」と、戦後あちこちに診療所が作られたのですが、そのネットワーク組織として1953年に誕生しました。現在、病院や診療所、介護施設や介護事業所、薬局など約1700事業所が加盟しています。
私たちは、日本国憲法で謳われている理念を大切にし、すべての人が等しく尊重される社会をめざしています。医療や介護を提供する事業団体ではあるんですが、医療や介護の制度だけでなく、年金や生活保護、雇用などの制度も整っていないと医療や介護を受けたくても受けられない人たちが生まれてしまいます。ですので、社会保障の拡充の運動にも力を入れています。
――政府は私たちに「自助」「共助」を押し付けてきています。
1980年代からずっと、私たちの暮らしや健康、命にかかわるものまで、「無駄」「効率的でない」として切り捨てられてきましたよね。保健所の統廃合や保健師の削減が進められてきた結果、いざというときに対応できなくなっていたことを、コロナ禍で多くの人が知ることになりました。日本の医師数はOECDの中でも少ない方ですが、医師や病床が多いと医療費が増加するという理屈で、国はずっと医師を減らしたり病床を削減しようとしたりしてきました。コロナ禍でも公立・公的病院を再編・統合して病床を減らす地域医療計画を進めようとしています。
およそ人を大事にしない政治が続いています。GoToトラベルにしても、中止をなかなか判断しませんでした。人が動けば、感染拡大のリスクも高まります。経済活動を止めると困る人たちがいるといいますが、十分な休業補償をしていないことが問題だと思います。
菅さんは「自助」「共助」の次に「公助」と言っていますが、これは憲法に保障された人権としての社会保障とは言い難い。自助・共助で助からない人を国が“助けてあげる”という感覚なのではないでしょうか。
――医療や介護の現場はどうでしょうか。
そもそも、診療報酬の体系などの問題もあって、病院は常にベッドがいっぱいでないと経営が成り立ちません。感染が広がって外出自粛要請もあって、外来の患者さんがガクッと減り、健診や内視鏡などの検査も一時休止、入院も減りました。多くの病院が上半期のマイナスを回復することなく今に至っています。
コロナの患者さんを受け入れている病院には一定の補填があるのですが、コロナの患者さん受け入れをしていない地域のほかの病院にはなんの補填もありません。でもコロナの患者さんを診ている、診ていないに関わらず、どの病院も診療所も連携しあってその地域の医療を維持しています。コロナ以外の疾患の患者さんの診療も必要です。
どこかで線引きをしなければいけないのはわかりますが、あまりにも実態を無視した政策に、現場は本当に疲弊しています。
病院も大変ですが、介護施設もまた違った大変さがあります。高齢の方々が安心して過ごせるよう寄り添う介護が難しいのです。スタッフはもちろんマスク着用ですが、利用者さんはマスクをしながら食事も入浴もできません。認知症の方だと、マスクを着けてもらったり、喋るときは小声にしてもらったりもできません。
――この間、政府の対応はどうでしょうか。
一般市民への対応としては、国民健康保険料を納められず保険証が手元にない人でも、コロナにかかったり、その疑いがあれば「短期被保険者証(短期証)」を持っているとみなして受診できるようになっています。しかし必要になったらすぐに受診できるよう、短期証を交付すべきです。手元に保険証がなければ病院にかかれないと思って受診を我慢してしまい、感染拡大を引き起こしかねません。病院にかかってもらうには、手元に保険証を届けるのが一番だと思いませんか?自治体によっては、資格証明書が発行されていた世帯に、短期証を郵送したところもあります。英断だと思います。
あと、国民健康保険には傷病手当金の仕組みがないのですが、感染が広がり、各自治体がコロナ感染に伴う休業などに傷病手当金を支給するための条例制定をすれば、財源は全額国費で賄うことになっています。
お金がなくても医療にかかれる制度として無料低額診療事業もありますが、民医連加盟の事業所でもすべてで取り扱えているわけではないんです。
これらの限定的な制度ではなく、保険料を現実的に支払える金額に下げるなり、窓口負担を減らすなりして、外国人も含めてすべての人がお金の心配なく医療にかかれるようにすべきだと思います。
――コロナ禍でどんな声が届いていますか?
感染が広がり始めてから、状態が悪化してから受診に来られる方や救急搬送が増えている、ということを現場の医師や看護師が気づきました。地域の困りごとを聞くために「いのちの相談所」を開いたり、地域でコロナ相談に取り組んでいる団体と連携したりして、色んな場所でお聞きした事例をまとめています。
9月末の中間まとめまでに727事例集まりました。まず驚いたのは、女性からの相談が多いことです。ある50代の女性は、コロナで仕事がなく、体調も悪くて相談に来られた時の所持金は200円。携帯もなく「相談できる人が誰もいない」と。また、コロナで職を失った50代の男性は、妻の持病の治療のため自分は受診を我慢していました。相談に来られて無料低額診療で受診することになりましたが、進行したがんが見つかりました。
民医連ではもう10年以上、経済的理由で手遅れになってしまった事例を集めてきました。最も多いのは、お一人暮らしの高齢男性です。しかし今回は、若い世代も、女性も、働きざかりの男性も関係ありません。頼れる家族がいなくても、非正規雇用でも一定の収入があって、働けてさえいればなんとか暮らしていた層が、コロナ禍で大幅に仕事が減ったり雇止めになったりして経済的に困窮し、医療や介護へのアクセスが非常に困難になっています。
1つ1つの事例を読んでいて、本当に胸がつまります。相談につながった方は、それまで本当に苦しい思いをしてきて、ようやく相談につながれた。けれど、まだつながれていない人たちが大勢いるんですよね。
相談所や電話相談に、声を届けてくれることが、まず一歩だと思うんです。
「自己責任」の呪縛をふりはらうのは難しいかもしれませんが、暮らしや健康、命までもが脅かされているのは「あなたのせいじゃないんです」と伝えたい。ひとりでも多くの人に、我慢しないで相談してほしい、つながってほしい、と伝えていきたいです。