【市民連合の要望書9】太田啓子さんインタビュー「差別や不平等は、マジョリティが気づくことから」
立憲野党の政策に対する市民連合の要望書
9.ジェンダー平等に基づく誰もが尊重される社会の実現
雇用、賃金、就学における性差別を撤廃し、選択的夫婦別姓を実現し、すべての人が社会、経済活動に生き生きと参加する当然の権利を保障する。政治の世界では、民主主義を徹底するために議員間男女同数化(パリテ)を実現する。人種的、民族的差別撤廃措置を推進する。LGBTsに対する差別解消施策を推進する。これらの政策を通して、日本社会、経済の閉塞をもたらしていた政治、経済における男性優位の画一主義を打破する。
太田啓子(おおた・けいこ)
弁護士。神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。
性差別、性暴力のない社会を私たちはどのように実現していくべきなのか。雑誌やWEBメディア、自身のツイッターなどで積極的に発信を続けてきた弁護士の太田啓子さん。新刊『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)が大きな反響を呼んでいる太田さんに、ジェンダー平等と誰もが尊重される社会の実現について、話をきいた。
――新刊『これからの男の子たちへ』が大変な反響を呼んでいますね。
ネット上の反応を見ていても、男性の読者からのものも含めとても肯定的な感想が多くて嬉しく思っています。ジェンダー平等や性差別についての問題提起が、多くの人に共感をもって受け止められるようになってきていると感じました。
押しつけられた「男らしさ」は女性差別と表裏一体にあるものだと思うし、今この社会にある差別の現状は、誰にとっても良い状況ではないことは確かなこと。子どもたちの未来のためにも、どうにかしなくてはいけない、変えていかなくてはならない問題だ、という気持ちを誰かと共有するための実用書として使ってもらえたら嬉しいです。
——弁護士としても、これまで多くの女性たちをサポートされてきました。その中で見えてきたものはありますか?
性暴力やセクシャルハラスメントの問題にはずっと関心を持っていますが、弁護士業務として一番多いのは、離婚案件。離婚案件は、社会のマクロレベルでの性差別がミクロレベルで噴出する事件分野です。その中で特に感じる性差別は、経済格差です。男性、女性、どちらかだけが常に悪いわけではありません。しかし相当数の案件では、女性の多くは離婚に際し自分に経済力が乏しいという問題と直面せざるを得ません。これは当該女性個人の資質だけの問題ではなく、女性が構造的に経済力を持ちづらい社会状況が背景にあります。
高収入の夫がいて、今までは不自由もない生活をしていても、夫の不貞やDVに耐えかねた時、離婚して貧困に耐えるか、婚姻を継続して夫の不誠実な態度や暴力に耐えるか、その二択を迫られるような状況になる。
性差別的状況を、個々の案件の法的解決で解消するのは限界があります。たとえば夫婦の共有財産が500万円あったとして、250万ずつ財産分与するのは「公平」な解決かもしれませんが、正社員で年収800万で退職金もある夫と、パートで年収80万円で、正規雇用の職が探せるかどうかもわからない妻とでは、その250万の重さは全く違いますよね。その上女性側が子どもの養育を担うとすると、貧困問題は更にシビアなものとなります。
——女性側がリアルに感じている差別と、社会の認識に大きなギャップを感じますね。
性差別は厳然としてあり、とても深刻なのに、「今どきは女尊男卑だ」とか「男性差別のほうが今は問題だ」とか言う人がいますね。
たとえば、女性専用車両を「女性優遇」「男性差別」だと言う人たちが一定数います。
女性専用車両をいわばシェルターとして作らなければならなかったのは、ただ女性であるというだけで狙われる性暴力が多発しているからです。それなのに、そういう現実にある女性差別や女性への暴力、抑圧を見ようとしないというのは、強いミソジニー(女性嫌悪)ですよね。こういうものと抗い続けないといけない。
私は女性ですから、女性というマイノリティの立場から見える性差別についてはとても敏感です。しかし一方で、私は日本国籍保持者だったり、異性愛者だったりと、マジョリティ要素も多く持っている。それゆえに気づきづらいことも多くあると思います。例えば最近トランスジェンダー差別が話題になるなかで、何が起きているのか知ろうと当事者の方が書いた文章など読みましたが、当事者の方が気にしながら、傷つきながら暮らしている問題があるけれど私はそれを気にしないで済んできた、傷つかないで済んできた、そしてそのことに自覚がなかった、ということはたくさんありました。ことさら差別的であったつもりはないですが、でも、今までそれを知らずに過ごせていたことそれ自体がマジョリティの「特権」ですよね。それを知ろう、自覚しようとし続けることが重要だと思います。
自分が当事者ではなく、自分は困っていない問題にこそ想像力をもつことが大事なのだろうと思います。そのために、やはりこの社会に現実にある不平等や差別について、意識的に考えさせるような教育が積極的に行われるべきだと思います。
『これからの男の子たちへ』で対談させて頂いた小島慶子さんが、本当の勇気とは、「自分の弱さを認めるという、一番したくないことをすること」だとおっしゃっています。残念ながら、年を重ねて、社会的地位が高くなればなるほど、自分の過ちを認めたり、知らなかったこと、見えていないことを指摘されたりすることに対して非常に耐性が低いように思います。これは離婚案件やハラスメント案件に関わっての体感ですが、自分の過ちを認められない男性は本当に多く、そこがこじれる根本だと思うことはよくあります。認める勇気があればここまでこじれなかったのに…と。
ですから私も、子どもたちに対して、自分が間違ったと思ったら意識的にそれを伝えて謝ることにしています。ひとは誰でも間違うことがあること、それを自分で認め、改めようとすることが強さであるということを知ってほしいので、過ちを認める背中を見せようかと。そうすることで息子たちも「さっき自分は間違えてしまった、本当はこうするべきだった」と言えることの大切さを理解できるようになることを願っています。男性という属性をもつ彼らが自分のこととして性差別構造に対峙する姿勢を養ってほしいとも思います。
——政治もまだまだ圧倒的な男性社会ですが、これからの政治に期待することは何ですか?
やはり選択的夫婦別姓は実現してほしいですね。また、離婚案件を多く扱っている立場としては、養育費の不払いの問題も、法制度を整えてほしいと思っています。養育費を元夫に要求したいけれど怖くてそれができないという人も少なくありません。安心して、対等な協議できちんと取り決められるようにし、取り決めのあとは、当事者の負担なく確実に払われるような仕組みが必須と思います。当事者は、日々大変すぎて声をあげる力も時間もなかなかないでしょう。政治は、そういう、なかなかあがらない声をこそ、くみ取って応えてほしい。
今の政治に足りていないことを改善してくためにも、やはり政治の現場にもっと女性がいてほしいと強く思います。
野党では女性候補者の数を増やしていますよね。パリテ法の効果に更に期待したいです。
——社会の抱えている問題がより見えている女性やマイノリティが政治の現場で活躍することができれば、社会は大きく変わりますね。
以前私も、女性という「枠」にくくられたくないと思っていた時期がありました。「女性といっても色々なのに」という思いから、たとえば、「こういう事件は女性弁護士に頼みたい」というように、ひとりの弁護士というより「女性弁護士」とくくられるような言い方にはずっともやもやしていました。
そんな考えがはっきり変わったのは、出産し、ハードな仕事をしながら家庭の事情で二人の子育てを全部担わなければいけない過酷な経験があったから。産前はイメージできていなかったのですが、産休育休が終わったあとも子どもにはその後何年も手がかかり、そのために産前のようには稼げないんですね。産前に比べ売上は大きく下がらざるを得ず、出産前後の短期間、固定費の分担割合を共同経営者に相談して減らしてもらうような工夫だけではどうにもならず経済的には色々大変でした。
子育てなど誰かのケアをするということはその分働く時間をとられて経済力の足かせになる、そういうケア労働が女性に偏っているというのはこういうことか、だから女性の経済力は低く抑えられてしまっているのかと身をもって実感しました。
だから私も腹をくくったんです。この社会に女性を含むマイノリティを抑圧する構造がこれだけある現状では、「女性という経験をしてきた人」が弁護士であることに求められる役割があるのだろうし、それに「女性弁護士」として積極的に応えていきたいと。議員もそうだと思います。いつか「女性議員」と性別を冠につけた言い方をしなくていい時代を迎えるために、今は、「女性議員を増やそう」と言わなくてはならない。そう思っています。