≪滋賀県から≫ 学術会議会員任命拒否を総選挙の勝利につなげる ―「学術会議任命拒否問題を考えるしが市民・大学人集会」―
はじめに
戦国時代を描く大河ドラマにもしばしば登場する北近江。彦根、米原から敦賀にいたる地方は浄土真宗の寺院が甍を連ねており、西と東を合わせた本願寺のシェアは90%を超える。この一帯の中心が城下町・門前町の長浜市で、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民の会しが」(市民の会しが)の事務局長である對月慈照さんは長浜のお寺の和尚さんである。そして学術会議会員任命を拒否された6人の学者のひとり、松宮孝明教授もまたこの地の生まれであり、その父松宮資男氏は1980年代に長浜市長を務めた人である。篤実な人柄で人望が厚かったといわれる。慈照和尚と松宮教授、この二人はこれまで一面識もなかったのだが、中学・高校の同窓であった。仕掛けたのは慈照和尚、応じたのが松宮教授。10月12日、大津市で行われた「学術会議任命拒否問題を考えるしが市民・大学人集会」は二人の巧まざるコラボレーションによって実現したと言ってもよい。
(一)湖国の大学と市民運動
しかしこの集会を盛り上げたファクターは別にふたつある。そのひとつは大学人の危機感であり、もう一つは安保法制反対以来の市民運動の力である。
県総面積の5分の1を琵琶湖が占め、海港を持たない滋賀県はもともと重厚長大型産業の誘致は難しかった。60年代以降、琵琶湖の汚染が深刻になり、県行政は日本中でもかなり早い時期にクリーンな産業と文化学術的な社会資本の建設による振興にかじを切った。その結果、いまでは湖東のJR琵琶湖線沿線に滋賀大学、滋賀県立大学、滋賀医科大学に加えて立命館大学、龍谷大学などの広やかなキャンパスが展開する。
2015年の安保法制に反対する運動を通じて滋賀県では滋賀大、県立大、立命館、龍谷の4大学に安保法制に反対する「有志の会」ができた。高等教育や政治の時々の課題で大学人が意見表明をすることはあっても「有志の会」のような持続的な組織をつくることは稀であるが、特に滋賀大、県立大の教員は様々な機会を通じて市民運動とのチャンネルを広げていった。此度の学術会議会員任命拒否問題でも4大学の反応は早く、教員有志の会や教職員組合の声明がいち早く発表された。
もう一つのファクターは市民運動だ。安保法制を契機として支持政党や労働組合の枠組みを超えた市民運動が広がり、「1000人委員会」や「安倍9条改憲NO! 市民アクション」を通じてさまざまな団体・個人が繋がったことは全国の趨勢と軌を一にする。「市民の会しが」もまた地域に根を張った市民たちが個人として集まり、「市民連合」のブランチを自称して、安倍政権の転換を掲げて活動を続けた。「市民アクション」は3年以上に渡って、毎月19日にJR沿線の主要駅で改憲反対署名に取り組み23万筆を超える署名を集めている。「市民の会しが」は3回の国政選挙に挑み、16年参院選では立憲野党共闘の触媒となり、17年総選挙では希望の党に雪崩を打った民進党に対して、共産、社民両党とともに立憲野党候補を立てて踏ん張った。この時に2区の候補者としてたたかったのが對月事務局長である。そして昨年夏の参院選では嘉田由紀子さんを、文字通り市民運動「総がかり」の力によって当選させた。いつだって市民運動に浮き沈みはつきものであるが、少なくとも滋賀における2015年以来の「市民と野党」の共闘では「安倍9条改憲No!市民アクション」と「市民の会しが」が、その重要な推進力であったことは疑いない。
(二)「自由」を抑圧する政権と「自由」の喪失を危惧する市民
「しが市民・大学人集会」は大津市の「コラボしが21」で開催された。300席の会場をコロナ対策として定員150人に絞り、事前申込制をとった結果、ちょうど150人の参加者を得た。大学関係者にも声を掛けたが来場者の7割以上を市民が占めていたと思われる。立憲民主党、共産党、社民党の県連・県委員会代表をはじめ3党の地方議会議員の姿も目立った。衆議院の4選挙区「市民の会」の役員も顔を揃えていた。学術会議問題を通じて学問・表現の自由、言論の自由の問題を総選挙の争点に押し上げようという意図が、市民と政党の間に共有されていたと考える。
松宮孝明・立命館大学教授は「学術会議の意義と任命拒否問題」と題して、憲法23条「学問の自由」の意味から説き起こし、「日本学術会議法」の条文に基づいて学術会議の歴史、存在意義・役割、政府との関係について懇切な説明を加えた。学術会議は日本の科学、学術研究のための言わば「裏方組織」であり、しかも内閣総理大臣から独立した機関であること、推薦に基づいて任用を求める会員を総理に拒否する権限はないこと、軍事研究に反対することは学術会議の思想的存立基盤であることなどを語った。
滋賀大、県立大、立命館の教員からスピーチがあり、滋賀大元学長の宮本憲一さんからのメッセージなども紹介された。フロアーからの発言でも菅政権の危険性や問題の重要性について多様な角度から指摘が相次いだ後、集会は最後に任命拒否の撤回を要求する声明(注)を採択して散会した。主要なマスコミ各社がこぞって取材に駆けつけていた。
(三)「自由」の理念を市民が握ろう!
菅政権による今回の暴挙に対してかつてないほどの学術団体、芸術・表現に関わる団体、法曹界などから多くの反対・抗議声明が発せられている。過去にあった政府の学術会議への介入の例に照らしても、学術、科学研究に対するものとして、これほどの反響は例がない。すでに安倍政権の下での憲法改悪に対しても市民の粘り強い反撃が奏功しており、日本の民主主義のポテンシャルが顕現した面がある。滋賀県について言うと4人の自民党衆院議員の内少なくとも2人は積極的な9条改憲論者であって、憲法審査会に改憲意見書を提出している。
つまり滋賀県でも「9条改憲反対」とともに、学問の自由、表現の自由、言論の自由といった「自由」の問題、少数意見やマイノリティの尊重は選挙戦の争点となりうるし、争点として押し出していく必要があるということなのである。私たち「市民の会しが」は安倍政権の新自由主義・緊縮政策に対して反緊縮政策の必要性を喚起してきた。コロナ感染症の世界的な広がりの中で、世論はよりヒューマンな社会基盤に立ったポスト・コロナ社会を展望し始めている。これまで民主・リベラル・革新の政策的アドバンテージであった「平和主義」「民主主義」に加えて、いまや「自由主義」の理念を「市民と野党」の側が奪回する局面に差しかかっていると言える。
安倍・菅政権が非常に精細にマスコミの番組やキャスターを調査していることが明らかになった。愛知トリエンナーレに対する補助金不交付は表現の自由に対するあからさまな介入の象徴である。さらに学術会議会員の任命拒否は言論・思想の自由空間の歪曲と破壊に道をひらく。こうした危惧を多くの市民がともに抱きつつある。
安定した暮らしと、自由で民主主義的かつ平和な市民社会の構築をめざす人々のプラットホームを広げていきたいものである。
(「市民の会しが」代表・斎藤敏康)
(注)
学術会議問題を考えるしが市民・大学人集会声明
2020年10月12日
憲法第23条「学問の自由」は市民が広く学問を探求する自由を定めています。日本政府が学術会議会員の6人の任命を拒否したことは、日本と世界の学術研究の発展に寄与する日本のアカデミズムに対する弾圧であるだけではなく、その成果を享受する市民の権利を阻害するものです。
安倍内閣によって行われた、憲法の精神に背馳する立法や行政によって、戦後民主主義は極めて危うい時代閉塞の状況におちいっています。政府は2013年には特定秘密保護法を制定し、14年は集団的自衛権行使を容認するという解釈改憲を行い、翌15年には安保法制の制定を強行しました。また「武器輸出三原則」を撤廃し、17年には共謀罪を定めました。
私たちはこのようないわゆる「アベ政治」に対して市民的立場から反対運動をすすめてきました。とりわけ安保法制に反対する運動を契機に、思想信条や労働組合、支持政党における立場の違いを乗り越えて「さまざまな市民が手をつなぐ民主主義」に立った運動を展開してきました。
今回、菅首相によって任命を拒否された6人の教授はこれまで研究者としての知見と良心に基づいて、安倍内閣の政治姿勢に懸念や反対を表明してきました。私たちはこうした学界の声に大変励まされたし、こうした人々とともに日本の民主主義再構築の運動を担うことを誇りに思っています。
日本学術会議は「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」ことを一貫した原則としており、そのため防衛省や防衛装備庁の委託研究には否定的な姿勢を示しています。その結果、防衛省関係の大学への委託研究は件数、金額ともに低い水準にあります。
しかし政府による学術会議会員の任命拒否や学術会議制度の改変提起の背景には、こうした日本のアカデミーの姿勢を嫌悪する勢力の存在が指摘されています。私たちは戦後日本のアカデミズムの伝統ともなっている「平和主義」を学問研究の普遍的原則であると考え、これを心から支持し擁護します。
最後に私たちは、本日の集会の名において、菅首相に対して任命拒否を撤回し、6人の会員を直ちに任命するよう強く求めます。