コロナショックと財政・金融政策
コロナをきっかけにマクロ経済政策すなわち財政政策と金融政策が「大盤振る舞い」になっています。今回は、マクロ政策がどのように変わり、そしてその影響がどのような形で出ていて、将来的にどういう問題が生じうるのか、これらのことについて考えてみたいと思います。
みなさんもご存じのとおり、今年2020年2月に入って、「アジアの問題」と考えられていた感染症の拡大が最初はイタリア、そして欧州全土に広がり、米国にも広がってきたことで、欧米でも「グローバルな問題」と考えられるようになりました。世界の金融市場でもっとも大きな力を握っているのはニューヨークですので、かれらが「自分たちの問題」と考え始めたことによって、3月に入り米国をはじめとした世界株式市場の暴落が始まりました。同時に、安全資産とされる国債や金(ゴールド)も売られ、「キャッシュイズキング」の状態となりました。日本円を除くすべての主要通貨は米ドルにたいして暴落し、急激なドル高となりました。
これを受けてFRB(米中央銀行)は3月に2回の緊急利下げを実施すると同時に、大量の国債を買い入れる量的緩和を強化して長期金利高騰の抑制を図りました。その後、さらにジャンク債(投資適格級ではない社債)の買い入れも実施し、「これ以上ない」と考えられるほどの金融緩和を実施しています。ECB(欧州中銀)や日銀、BOE(英中銀)、スイス国立銀行(スイス中銀)など主要中銀も足並みをそろえています。また、市場に直接的に影響のある財政政策についても、各国政府は大規模な対応を取ってきました。6月に入ると各国政府の経済対策の総額は10兆ドル(約1050兆円、IMF調べ)を超え、8月には「倹約4か国」と南欧が対立してきた欧州も「復興基金」を取りまとめるなど、財政拡大がすすんでいます。
以上を一言でまとめるなら、「金融政策はリーマンショック後にとられてきた方向がより強化された」「財政政策はリーマンショック時以上の対策がとられ、レーガン、サッチャー時代以降の財政規律重視の政策規範が変化する可能性もある」ということになると考えられます。
こうした政策は世界経済にどういった影響を与えているでしょうか。第1は、ドル安です。コロナ後の一連の対策で基軸通貨である米ドルは「じゃぶじゃぶ」となり、米ドルの価値は主要通貨にたいして減価しました。一部にはむこう数年で米ドルは3割程度減価すると予想する向きもあります。米ドル安つまり通貨の商品や金融資産に対する減価は、資産インフレ(金融資産価値の高騰)を招きます。その象徴は、金(ゴールド)価格の高騰となってあらわれています。
第2に、米ドルの減価は、長期的にみたときの米ドルの覇権をゆるがす可能性があります。自国通貨が同時に準備通貨である米国は、そのことによって「法外な特権」を享受してきました。大幅な貿易赤字を継続できるのも、世界各国に米国債を買ってもらえることも、そのお金で世界最強の軍事力を維持することも、あるいはドル建て決済の禁止という強力な経済制裁の手段を保持していることも、すべてはこの「法外な特権」のおかげです。仮にコロナ後のマクロ政策がドルの地位を揺るがすことになれば、世界秩序を揺るがすことにもなります。
第3に、コロナ後にとられた一連の金融政策は、中央銀行による財政ファイナンス(中央銀行による国債引き受け)をもはや誰も問題にしなくなることを意味すると同時に、「投資」において民間企業よりも政府の比重がますます大きくなっていくことを意味します。この状態がいつまで維持できるかはわかりませんが、足元の特徴は、「そうしたことを議論する声がなくなっている」ということになるかと思います。
以上は国際システムの無秩序化による混乱が生じるリスク、あるいは制御不能なインフレに陥るリスクが考えられる一方、「公助」よりも「自助」や「共助」に偏重してきた1980年代以降の政策規範を塗り替える機会となる可能性もあります。マクロ政策をめぐる一連の変化を市民の利益に変えられるかどうかは、結局は政治や政策の力にかかっているといえるでしょう。
専修大学経済学部准教授 森原康仁