コラム

コロナショックと所得格差

コロナショックの経済的影響①

コロナショックと所得格差

専修大学経済学部准教授 森原康仁

 コロナショックによって経済的不安が高まっています。このコラムでは、①所得への影響、②テクノロジーの変容、③財政・金融政策への影響、④景気後退下のバブルをどうみるか、⑤米中関係と国際秩序の今後をどう考えるか、といった問題について、考えていきたいと思います。1回目の今回は、所得への影響についてです。短期での影響についてはいろいろと論考が出ていますので、このコラムではやや長期的なレンジで、あるいは想定しうる可能性を広くとって考えてみたいと思います。
 第1に、パンデミックが所得格差にたいして与える影響をもっとも広い意味で考えるには、戦争の影響と対比することが重要です。というのは、トマ・ピケティの『21世紀の資本』も指摘したように、20世紀の世界大戦(総力戦)は、すべての「国民」を動員するという意味で「平等」を実現しました。また破壊をつうじて資産家の富は劇的に縮小し、(資産)格差は縮小しました。しかし、パンデミックは資産家の固定資産を破壊するわけではありません。また、富裕層は医療その他へのアクセスが容易であるという点で自分の身を守る可能性が高くもあります。
 感染第2波が想定を超える規模で進行した場合、以上のような経路で、資産家や富裕層とそれ以外の人びととの間の資産および所得の格差を促進する可能性があります。
 第2に、資産家と非資産家の格差だけでなく、国家・地域間の格差に目を向けるのも重要です。コロナは新興国や途上国・途上地域により大きな否定的影響を与えていることを軽視すべきではありません。伝えられているだけでも、南アフリカやインドで都市封鎖に抗議する失業者らが暴動を起こしています。経済的に余裕がある国・地域は長期にわたる移動制限に耐えられますが、そうではない国・地域は移動制限に耐えられません。国際的な視野をもってコロナの影響を考える必要があるのです。
 第3に、コロナショックが「スキルの格差」を広げ、結果として所得格差が進行する可能性があるということです。人びとを空間的に分離する措置(ソーシャル・ディスタンス)は「危機」への一時的対応にならない可能性が高いといえます。なぜなら、新型コロナウィルスは克服しえても、「次のウィルス」の可能性は(論理的には)尽きないからです。
 このため、人びとを空間的に分離しながらも「つなぐ」テクノロジーに社会的注目が集まらざるをえません。とくに、ロボットによる身体の代替――これは最終的に空間的移動の必要性を極端に低下させるところまで進む可能性がある――とコミュニケーションを効率化する技術に資本が集中します。ところが、こうしたテクノロジーを理解し、つくりだすことのできる人は、理工系の一部の人材、しかも博士の学位をもつごく一部の人材になります。人材は希少であり、かれらの所得(賃金)は相対的に高くなっていきます。一方、そうしたスキルをもたない人の所得には下押し圧力がかかります。
 20世紀の技術革新は「熟練を必要としない方向」で進歩してきました。チャップリンの『モダンタイムズ』が描いた工場は、労働者が機械の歯車のようにあつかわれることの悲劇でしたが、これは「手に職をもたない人が機械の組み立てなど複雑な製品の生産に参加する時代」の産物でした。これはよくもわるくも労働者の所得を向上させ、大衆社会の到来の条件をつくりました。しかし、現代の技術革新は「熟練を必要とする方向」で進行しています。このことが、スキルの有無が所得格差の拡大に帰結する事態を生み出します(経済学ではこれを技能偏向型技術変化 SBTC: Skill-Biased Technological Change と呼びます)。
 最後の問題は、テクノロジーの今後にかかわります。この問題は次回扱いましょう。