特集記事

March-14-2020

日韓関係を考える。日本の民主主義と韓国の民主主義

市民連合HPでは、これまでイベントのお知らせや活動の報告などをメインで更新してきましたが今回、特集記事を作成しました。市民連合では、様々な方法を通じて、各分野の学識経験者や運動の担い手と対話し、今の日本政治に何が必要なのか、多くの方と考える機会を持ちたいと思っております。
今回のテーマは日韓関係。歴史問題や南北和解に向かう朝鮮半島情勢に日本政治や市民がどのように向き合うべきなのでしょう。また日韓関係の構築にどのような可能性があるのかでしょうか。日韓・日朝関係に詳しい恵泉女学園大学の李泳采先生にお聞きしました。

 

日本メディアと朝鮮半島

積極的にメディアに出て発言している姿をよくお見かけします。

:できるだけ出ようとしています。第2次安倍政権が登場して以降、明らかに安倍政権はメディア戦略を以ってメディア統制をしています。いろんな情報ソースがある中で市民運動が成立していた前提条件が、今では首相官邸と政府の一方的な情報がメディアに垂れ流され、日本の市民意識が保守化されていく傾向があるのではないでしょうか。特に日韓関係や国際社会に関しては多様な情報が必要なのに、メディアの論調を見ていると政府の論調とほとんど変わりがない。
市:確かに現在のメディアに関しては、全体が右傾化し、左派やリベラルの言論も限られたところにしかない印象があります。
:特に歴史問題、日韓関係になるとリベラルといわれるメディアさえも徴用工判決以降、反中・反韓、反北朝鮮に関する意識も保守メディアとあまり差がない、一律的な立場になっています。だからこそできるだけ日本社会に、今の韓国の社会の動きを新しい情報として入れる必要があります。そこには当然反発もあると思うけど、主流が保守メディアであるからこそ、その保守メディアの論理に入って一緒にその中で議論することなしには議論が反映されることはないでしょう。
保守メディアの言説は、単純で分かり易く、煽動的でヘイトを煽るものであり、多くの人が影響されています。しかし、それは単純に保守の論理のみで成り立っているのではなく、日本人の心の中にあまり癒えなかった差別的な意識が、メディアの中に登場していると考えています。昔リベラルメディアにまだ力があった時には、任せてもいいとも思いましたが、最近はやはり反韓や嫌韓をビジネス材料にしてメディアが一方的に流しているので、その意味でもう一つの情報や軸をつくる必要があります。
昔もメディアによる差別的な報道や事実の歪曲があったかもしれないが、最近のメディアの動きをみると、大手メディアが自ら表現・言論の自由を自主規制する形のようにも見えます。そのまま放置すると、大手や主流メディアの中で抵抗する人はほとんどいなくなってしまうでしょう。今の時代だからこそ、右翼の草の根の圧力に屈せず声を上げることに勇気を持つべきです。特に最近は野党の議員さえもあまりメディアで発言できないし排除されているように感じます。反対意見が可視化されにくい時代だからこそ、もっと政治家たちが率先して様々なメディア媒体を利用して声を上げて政策の問題点を追求すべきと思います。

日本政治と朝鮮半島

リベラルや左派も日韓関係、半島情勢に関しては、右に引っ張られた論調になりがちであると指摘されていましたが、それはなぜでしょうか。また、李先生はそのような状況をどのように考えていますか。

:東アジアで今まで硬直的な危機の基本構造という意味では、「朝鮮半島の分断」が冷戦構造の上で朝鮮半島が対立軸になっており、それが東アジアにおける日本の安全保障論の基本軸であったと思います。それゆえ日本の保守といえば、中国や北朝鮮の核ミサイルなど、外からの「脅威論」をもってその政治基盤としてきました。しかし、東アジア情勢が変わり始めました。韓国で市民キャンドルデモがおこり、朴槿恵大統領が弾劾され、文在寅政権が登場し、朝鮮半島では南北和解、米朝首脳会談など朝鮮戦争終結、平和協定締結という新しい転換をしようとしています。
歴史的にみると、日清戦争、日露戦争、アジア・太平洋戦争も含めていつでも朝鮮半島は日本の影響下にある、という意識が日本の安全保障論上の朝鮮半島観でした。冷戦構造下の日米韓同盟とソ連中国北朝鮮という対立軸の中では、韓国も日本も同じ陣営だったため危機感はなかったのです。しかし、文在寅政権になってからは、明らかに南北共存、米朝国交正常化など今まで存在していた冷戦の対立軸を揺るがしているのは確かでしょう。現在、日本は新しい安全保障策の準備ができていないまま、まるで朝鮮半島が中国や北朝鮮側になっていく、という危機感が強くなってきているのだと思います。
「韓国が離れていく」という認識の中で、韓国を日本の影響下に置くためにアメリカか中国、どちらにつくか選択を迫る要求が、日本の保守政治とメディアにはあります。そして、朝鮮半島が統一されると、既存の38度線という南北対立線が対馬まで下りてくるという主張もよく聞こえます。要するに、朝鮮半島の平和共存プロセスに日本は責任をもって東アジアの平和構築に一緒に参加していくのではなく、逆に「朝鮮半島の和解プロセスは日本の危機」という意識を持って、日本の安全保障をむしろ高めるべきとの危機論を国内で煽っていると思います。北朝鮮の核・ミサイル実験などによる日本への脅威論を煽る際、この朝鮮半島に対する日本人のまなざしが植民地意識を復活させ、韓国バッシングと相まって日本の独自的な安全保障、いわゆる自主防衛路線を高めるべきという論理や論調に繋がるからだと思います。

日本の安全保障論と朝鮮半島

朝鮮半島を含んだ日本の安全保障論とは具体的にどのようなものでしょうか?

:今までのような「日韓協力」という構造でなら、日本が憲法改正するまでの論理には至らないのです。しかし、東アジアの平和共存プロセスから孤立した日本になると、外部の圧力がなくとも日本自ら憲法改正して自主防衛を高めるべきとの論調になるでしょう。もう一つはアメリカの役割が弱くなっている中で、日本の安全保障を強化させ東アジアで日本の役割を高めることが米国や日本の保守政治が考える安全保障論になっていく。実際、これを実現させようとしているのが日本会議をはじめ日本の保守勢力の戦略だと思います。日韓の間で問題になっているGSOMIAも、日本としてはそのような日本とアメリカの安全保障上の問題としてみていると思います。
日本が朝鮮半島との関係をどういう形でつくろうとするのか。戦前の植民地意識の清算課題も大事です。しかしもう一つ、戦後の日本の安全保障問題は朝鮮戦争による南北対立の状態が持続したことによって作られているのです。従って、朝鮮戦争を終結し平和構築をしていく渦中で日本の新しい安全保障戦略が可能になると思います。しかし、それを危機論として高めるのであれば、日米安全保障の強化しか道がなくなるでしょう。日本には朝鮮半島との平和共存という発想がないし、その経験もない。今までとは違った安全保障論を構築しない限り、日本の安全保障は永遠にアメリカ軸にしかならないでしょう。
市:なぜ、日本が朝鮮半島と平和共存する道になかなか進まないのでしょうか?
:それは、日本がアメリカなどとは日本の帝国主義戦争に関して謝罪をし、協定も結んだかもしれませんが、台湾や朝鮮に関する植民地支配に関しては一度も反省をしたことがないためだと思います。その反省がない限り、朝鮮半島との共存ということは、日本人自らはできないでしょう。歴史問題は日本と朝鮮半島との平和共存を妨げる一番の重要な問題です。日本人が植民地支配の歴史と向き合って平和共存ができるような意識がないことが問題の本質だと思います。
市:どういうかたちで日本自ら朝鮮半島との平和共存を考え、日本の過去清算していくことができるとお考えですか。
:それを唯一可能にするのが日本の市民社会が声を上げることしかないと思います。特に野党の政治家たちがこの歴史問題と向き合って日本を自ら変えようとする努力をしようとしない限り、結局与党であろうが野党であろうが両者の歴史認識かあまり区別ができない時代になってしまうと、どの政権になっても朝鮮半島を敵に置くことでしか、戦略を描けないので。野党や市民社会が歴史と向き合っていく努力は大事です。今は戦争を経験している世代が少ないし、このままでは右派論説に巻き込まれていきます。

これからの日韓連帯

朝鮮半島を含んだ日本の安全保障論とは具体的にどのようなものでしょうか?

市:市民レベルで考えた時、朝鮮半島とどのような連帯や向き合い方ができるのでしょうか。
:例えば、日韓の政治状況の変化について考えてみましょう。韓国は軍事政権時代に多くの人々の犠牲をもって軍事独裁政権を打倒し、文民政権に代わって市民社会と共に過去の国家暴力というものを清算させてきました。国家に謝罪をさせ、国家暴力はもう繰り返したくない、という民主化世代が現在の社会の主流派になっています。
それに対して日本は戦後世代で、戦前の戦争に対する謝罪はもう終わったと、戦前の体制を正当化する日本会議を中心とした保守派が社会の主流派になっています。そのため、韓国と日本社会の社会主流派の非対称性がより顕著になってきています。だから、国家間の枠で日韓関係の改善や歴史認識を縮めることや和解構築はなかなか厳しいでしょう。韓国は冷戦時代の日韓協力枠よりも、南北共存による東アジアの平和の構築の方が優先させていくし、日本に対する経済依存も低くなっている状況で、昔のように日本の経済力で韓国を押さえつけていたようなことを今はできなくなっている。このまま、韓国と離れていくと日本は逆にアメリカとの関係を強化していくしかなく、日韓の信頼関係はさらに弱まっていく。世代間のギャップや価値観も違う中、日韓の国家枠でお互い共有していくことはなかなか厳しいでしょう。
そうすると国家間の対話はもちろん続けるべきですが、市民レベルの連帯と交流はとても大事で、逆に市民間の交流ができなければ日韓関係の回復はかなり難しくなります。だから、KPOPにハマったり、文化交流する人々は、最初から歴史認識までは発展しないかもしれないが、韓国の現在の事情や経済状況、民主主義について意外にも素直に受け止める層にもなっているわけです。その層は、韓国に対して過小評価も過大評価もしていないまま、日本に足りないところや韓国が進んでいるところを素直にみているように感じます。その層が持つ平等な感覚が、歴史問題などに一歩進んで勉強できるツールが日本の中にあればいいのでしょうけど、なかなか日本にはそういったものがないので…。だから韓国や他アジア地域に留学にいき、自分のネットワークを持って日本と繋ぐ、そういうような若者の交流をもっと進めて行くべきだし、実際それを実現している若者たちも結構います。

韓国の民主主義/日本の民主主義

朝鮮半島を含んだ日本の安全保障論とは具体的にどのようなものでしょうか?

市:確かに韓国のMeToo運動に触発され、MeToo運動や民主化運動など韓国が歩んできた民主主義の歴史や歴史問題への取り組みに関心を持つ人が一部ではありますが見受けられます。文在寅政権の誕生も含めて韓国民主主義の歴史やその固有性についてお話伺いたいです。
:MeTooができる社会は、民主主義運動がある程度発展している必要があります。韓国の民主化運動ではこれまで、フェミニズム、ジェンダー、マイノリティの問題はあまり取り上げられず、民主化後にジェンダー問題が社会で可視化されるようになりました。今では民主化運動の担い手であった人たちもジェンダー問題においては封建的な意識があるとの批判が行われています。だから、MeToo運動は韓国の第二の民主化運動のために必要なものであり、それを受け止める形で韓国は民主化運動世代さえもMeToo運動の対象にされています。日本でMeToo運動が、広がらない理由は民主主義の問題が社会に定着されていない、だから民主主義運動もMETOO運動もどちらも膠着状態に陥っているのではないでしょうか。
市:では、韓国社会における歴史問題に関してはどうでしょうか?
:日本では、歴史問題を国家間の問題にのみ収斂し捉えられている印象ですが、韓国では歴史問題を必ずしも歴史問題として認識しているわけではありません。国家が国民に対してやるべき責任を果たしていないし、国家が国家の役割を果たしていない、つまり、韓国の文脈の中でいう「歴史問題」というのは国家暴力によって被害を受けた人々に対し国民が国家に謝罪を求める、民主化運動の一環なのです。だから民主化運動の中で、国家の公正な役割として慰安婦問題が取り上げ挙げられています。
歴史問題は国の民主主義の問題として認識する必要があります。国民が国家に対してどれほど自分の主権を持って問題を認識させていくのか、国家暴力で被害にあった人々の問題を取り組ませ、謝罪させることが国民の力だと思います。だから、日本で慰安婦問題というのは韓国に対する歴史謝罪の問題ではなく、日本社会が戦前の国家暴力の被害にあった人々に、自国民であろうがアジアの人民であろうが、国家暴力の問題に対して国民が謝罪させるべき問題です。これは、国民の権利と人権感覚として国家と向き合う、市民の民主主義の問題のなかで考えられるべきことです。
日韓の間で慰安婦問題などが取り上げられていますが、それは国家間の問題になる前に、日本人自らが慰安婦問題に取り組む必要があります。それを考えることが日本の民主主義の在り方を考えることに直結します。そのような意識を持ち、民主主義意識が成熟した日韓の若者たちが、育ってくることが、私は今後の日韓関係の連帯に一番大事な側面だと思います。
日本でもSEALDsの運動があったり、それなりの民主主義を要求する世代が成長しています。最初から歴史問題には目覚めていないかもしれないけれど、民主主義の価値を大事にして日本社会と向き合ってきた世代が成長すると、韓国社会で民主主義と向き合ってきた世代とも慰安婦問題などの歴史問題に関しても議論ができる。今は、歴史問題を優先させるよりも、自分の社会の国民主権の問題で協力をしていくことが両方にとって大事でしょう。
市:そのような意味でキャンドルデモによって誕生した文在寅政権はどう評価できるのでしょうか?
:文在寅政権は今までの民主化政権とはその背景が違います。これまでは、集団化された国民が軍事政権を変えてきた歴史でした。それには政治団体、労働組合などさまざまな政治勢力が一つになって大きなデモで政権を変えてきました。しかし、今回のキャンドルデモは国民一人一人がキャンドルを持ち「私こそ主権だ」という主権在民意識で、運動組織と関係なく、一人一人の市民が自発的に集まったのがキャンドル市民革命でした。御用知識人や保守政治家たちが国の在り方を崩壊させていた、という問題提起もあり、市民1人1人がキャンドルをもって国の主権を取り戻したという感覚が強いのです。キャンドルデモの広場では、これまで以上に主権と民主主義の価値を改めて共有する場を作ったと言えます。このような動きは、今後自分が選んだ権力や大統領への認識も変わると思います。例えば、これまでは民主化運動の後、大統領選挙により進歩的な大統領をが選出したら、その大統領に期待しすぎて、政策の失敗があるとすぐ支持を撤回してしまいました。しかし、今回のキャンドルデモで誕生した文在寅政権に対しては、「大統領を私が選んだ以上その大統領を守り最後まで一緒にやるべきだ」という意識を強く感じます。だから、文政権は、どの政権よりも国民主権意識が強い土台の上に立っているので、まだ支持率が高いと思います。
市:時代によって市民運動の意味合いや性格が違うと思いますが、過去から現在においても市民運動が脈々と力強く続けられている印象があります。韓国の国民主権運動の意識はいつから始まったといえるしょうか?
:それは、キャンドルデモのちょうど100年前の3.1独立運動からだといえるでしょう。日本に主権が奪われて、いわゆる朝鮮王朝のような王政ではなく、民衆が国民主権運動を行い、共和国としての独立を要求したのが、3.1独立運動の特徴です。100年前の国民主権意識が100年後のキャンドルデモによって改めて韓国社会の中で注目されるようになりました。今までは英雄中心や王朝、権力中心の歴史から見てきたものを、今は無名の人々一人一人の歴史を捉えることがキャンドルデモの市民民主主義だったと思います。

日本の市民運動と東アジア

そのような韓国における市民運動の独自の歴史的文脈を踏まえたとき、日本の市民運動の課題や可能性についてお伺いしたいです。

:いま日本も民主主義を考える上で、もちろん「安倍政権反対」もいいと思うが、何より自身の足元にある様々な問題や福島の問題や少子高齢化問題など、身の回りの問題に市民一人一人が声を上げていく必要があると思います。けれど、今の日本社会ではそういう社会の弱い立場にある人や身近な問題に関して声を上げる人が少ない。70年80年代に地域社会運動に比べると、今は国家主義とか「日本人」というアイデンティティに吸収されていっています。日本人がこれまでやってきた草の根の市民運動のやり方を復活させる必要があるでしょう。そういう面では国内でどうやって民主主義運動、国民主権運動をやっていくのか、これは日本社会で悩むべき課題だと思います。
しかし、国内であまり見えなかった場合に先ほどの日韓の若者の民主主義連帯と共に、沖縄の問題や香港の問題、韓国市民運動、台湾など海外と連帯して経験していく必要が若者に限らずあるでしょう。そのように市民社会や若者が連携して、日本社会の中に今アジアがどのように動いているのか、その現状を吸収していくことが日本の市民社会運動の再構築に必要だと思います。そのアジアネットワークは、80年代の運動のアジア民主化運動の支援の形で日本は吸収してきましたが今はそのエネルギーも殆どなく、一国主義で内向きになりがちです。ヘイトスピーチが、今の日本の閉塞感の中で盛り上がっているので、もっと日本人がアジアに向き合い、未来を築いていく開かれた市民意識を持つ必要があるでしょう。

市:今回のテーマは「日韓関係」ではありましたが、お話を伺い、日朝関係や東アジアを視野に入れた考え方が必要だと感じました。既存の安全保障論ではない、東アジアの平和構築を目指した新しい安全保障論を日本政治が打ち立てていかなければならないと思います。そしてその際に重要になるのが、市民も含め歴史問題や各々の民主主義の文脈をきちん理解し向き合うことだと思います。多くの課題を示しつつ、日韓・東アジアの市民連帯などの可能性も示してくださいました。貴重なお話ありがとうございました!